(CNN) 収監中だったロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の死について、具体的な詳細はまだ分からない。死亡は同国の刑務所を管轄する当局が16日に報告したが、正確な事実が明らかになることはないのかもしれない。それでも米国のハリス副大統領がミュンヘン安全保障会議のスピーチで述べたように、「人々が何を語ろうと、この点ははっきりさせよう。責任はロシアにある」。
実際、自身に対する最も強力な批判者並びに政敵の死というものを取り上げる時、ロシアのプーチン大統領が実践しているのはもっともらしい反証ではなく、もっともらしくない反証だ。昨年、民間軍事会社ワグネルの創業者でロシア軍上層部に対する武装反乱を起こしたエフゲニー・プリゴジン氏搭乗の飛行機がモスクワ近郊に墜落したが、あれを単なる事故だったと真剣に考えている人がいるだろうか(ロシア政府は再三にわたり、いかなる関与も否定している)。
我々がよく知っているように、プーチン氏の生涯の計画は、旧ソ連国家保安委員会(KGB)が活動する国家の事実上の再現、ウクライナでの戦争の勝利、そして「ロシアを再び偉大にする」ことだ。これらの計画は今や相互に結びついている。プーチン氏がウクライナへの全面侵攻をほぼ2年前に開始して以降、ロシア国内での抑圧が劇的に増えているからだ。
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、「戦時の検閲や声高に批判する人物らの投獄、人権運動の弾圧が増加している」と指摘する。
その上で、ロシアの反体制派が実質息の根を止められていると伝える際、彼らの最も強力なリーダーであるナワリヌイ氏を黙らせる以上に良い方法が何かあるだろうか。
同氏は現在の西側で、反体制派活動家としてソ連時代の物理学者、アンドレイ・サハロフや作家のアレクサンドル・ソルジェニーツィンに匹敵する知名度を誇る。
一体ロシアは、プーチン氏の政権下で、どのようにしてここまで来たのか。プーチン氏の人生で最も重要な出来事の一つは1989年に起きたベルリンの壁の崩壊だ。それは東欧における事実上のソビエト帝国にとって、終わりの始まりだった。壁が崩壊した時、プーチン氏はKGBの将校として当時東ドイツのドレスデンで勤務していた。ソビエト連邦が内部崩壊するのは、この2年後だ。
ベルリンの壁崩壊とソ連の内部崩壊の背景として、ロシアのゴルバチョフ大統領はソビエト国家の自由化を数年かけて行っていた。この時の同氏の政策はグラスノスチ(情報公開)と呼ばれる。ゴルバチョフは、アフガニスタンからのソ連軍撤退も果たした。10年近く血みどろの戦争が繰り広げられた末の、89年のことだった。当時のソ連国民はこの泥沼から抜け出さなくてはならないと考えていた。
プーチン氏はゴルバチョフの統治から二つの大きな教訓を引き出した。まず不十分な独裁政権にとって最も危険な瞬間は、自由主義化し始めるときだということ(フランスの歴史家、政治家であるアレクシ・ド・トクヴィルが説いた内容の言い換え)。そして、ロシアの指導者の取り得る行動で最も危険なのは戦争に負けることだという教えだ。
第1次世界大戦中のロマノフ王朝は後者に該当し、17年のロシア革命の勃発を導いた。ゴルバチョフによる89年のアフガニスタン撤退は東欧に向け、恐怖の対象だったロシアの軍隊がある種張り子の虎だというメッセージを送った。撤退から9カ月以内で、ベルリンの壁は崩壊している。
プーチン氏は、2022年のゴルバチョフの葬儀にあえて参列しなかった。そこにはゴルバチョフの業績や世界観を認めない姿勢がうかがえる。
ゴルバチョフとは対照的にスターリンは圧政を敷き、第2次世界大戦で勝利した連合国にも批判的だった。20年以上の統治の後、ソ連の独裁者は1953年に死去した。
自己流でロシア史を詳しく学んでいるプーチン氏は、米国の保守系ジャーナリスト、タッカー・カールソン氏と最近行った奇妙なインタビューで示したように、どちらかと言えばゴルバチョフよりもスターリンのやり方による統治を計画しているようだ。
結局のところプーチン氏は、基本的にロシア憲法を改正し、2036年まで引き続きロシアのリーダーとして選出されることを目指せるようになった。
実際、プーチン氏は再選を果たすべく3月の大統領選に出馬している。先月には反戦を掲げる元下院議員のボリス・ナジェージュジン氏も、大統領選への出馬に向けて動き出した。しかし、同氏の選挙運動が関心を集めると、プーチン政権はほんの1週間ほど前に同氏の立候補を認めないとする判断を下した。今やプーチン氏はほとんど対立候補のいない中で選挙に臨むことになる。
ナワリヌイ氏死亡のニュースは、ロシア国内でどのように受け止められるだろうか。大半のロシア人は、ニュースをロシアのテレビ番組から得ている。今それらは事実上、クレムリン(ロシア大統領府)のテレビ番組だ。ロシアのテレビはナワリヌイ氏の死亡について沈黙し、代わりに「偉大なる指導者プーチン」の宣伝を行う公算が大きい。同氏が来月の選挙に大勝するのは確実で、自身の最も有力な政敵がもう死亡していると知れば満足するはずだ。
しかし、国際社会は沈黙し続けるわけにいかない。ナワリヌイ氏にはノーベル平和賞を贈り、このことが世界にどのような意味を持つかを伝えるべきだ。ノーベル委員会には、死後の授賞を行わないとした規定の変更が求められる。
それでも授賞が実現すれば、ロシアと世界に向けて強力なメッセージを送ることになるだろう。1970年のソルジェニーツィンのノーベル文学賞受賞がまさにそうだったように。
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ピーター・バーゲン氏はCNNの国家安全保障担当アナリスト。米シンクタンク「ニューアメリカ」の幹部で、アリゾナ州立大学の実務教授、ポッドキャスト番組の司会者も務める。トランプ前米大統領を扱った書籍「The Cost of Chaos:The Trump Administration and the World」の著者。記事の内容は同氏個人の見解です。