世界的人気シェフ、アンソニー・ボーデインが見た東京
彼の大きな拳と、長年ブロック塀に打ち付け巨大化した指関節、ゾッとするような前腕は、控えめに言っても、すし職人としては普通じゃない。
ほかの部分でも普通じゃない。彼は、保守的な人たちが掲げる「女性の手はすしを扱うには熱すぎる」などといわれた時代に、女性のすし職人を初めて採用したうちの1人だ。彼は、本場のすし職人として、西洋人のすし職人をバーカウンターに受け入れた初めての人物でもある。そして、私が知る限り、彼のすしに使う魚が冷凍物であることを、誇りを持って認めた初めてのすし職人である(すしネタの多くは実際、どこかの段階で一度冷凍されている)。彼は魚を、医療用冷凍庫の急速冷凍で「治療」し、一度寝かせることで、最高の状態にしている。事実、多くの魚は冷凍することでより美味になることを、彼は教えてくれた。
そんな中で一番型破りだったのは、姿を消したことだ。数年前のこと、常に満員で、おそらくニューヨークで最高峰に君臨していたすしバーにより業界でトップに立っていたが、彼は突如、50代にして、日本に戻り一からやり直すと言った。彼は一から、小さく質素で、謙虚なすしバーを東京に構え、ニューヨークで達成したことを、日本でも出来ることを証明するというのだ。
「Sushi Yasuda」はニューヨークで今も順調に営業を続けている。まだ彼の名前を使っているし、今も素晴らしいレストランだ。
しかし、安田は、その店とはもう関わっていないと言う。
彼は、魅力的な人物で、人を夢中にさせる物語を持った素晴らしいシェフだ。この番組では、彼のことをもう少し知り、その独特のスタイルはどこから来るのかを探る。空手とすし職人という全く異なるものの繋がりとは何か。その答えに、あなたは驚くかもしれない。