「超人」バイルズも人間だった――期待の選手を棄権に追い込んだ心の重圧
ファンはバイルズ選手が祖父母の養子になるまで里親に育てられた過去を知っている。殺人の疑いがかけられた兄が今年入って無罪になったことも、ナサール被告による性的虐待の被害者だったことも知っている。
ナサール被告の被害者のうち、東京オリンピックに出場しているのはバイルズ選手のみ。米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューでは今月、自身の精神的・身体的ダメージや、この競技が身体に与えるダメージについて語り、東京オリンピックには米体操競技のためではなく、自分だけのためでもなく、世界中の非白人の女子選手を代表して参加すると語っていた。
自分が2018年まで虐待を受けていたことについては、自分自身も受け入れていなかった。それを認識した重さでうつに苦しみ、ほとんどの時間を寝て過ごした。「(自らの)命を絶つよりも、寝ている方が良かったから」とフェイスブックに記している。
決勝戦で棄権した理由について、バイルズ選手は報道陣に対し、けがではなく「マインドフルネスに取り組むため」と説明した。この日に至るまでは強いストレスを感じ、トレーニングの後は「ただ震えていて」、ほとんど仮眠も取れなかったと告白。競技の前にこんな感覚を持ったことはなかったと振り返った。
「私たちはあまりにもストレスが強すぎたと思う」「私たちはここで楽しんでいるはずなのに、そうなっていない」
結局のところ、バイルズ選手も1人の人間にすぎない。空中を飛び、軽々と宙を舞って、汗ひとつかかずに記録を破ることができたとしても。バイルズ選手は米国と世界が憧れるヒーローになった。そのヒーローも心の健康のケアを必要とする。ファンの多くがそうであるように。