「ロシアのイーロン・マスク」、子どもは100人超? テレグラム創業者パベル・ドゥロフとは
「くずばかり」
ドゥロフは数多くのSNSが乱立する中で、独自のメッセージングアプリ創設を思い立つ。
「どれだけたくさんメッセージングアプリがあろうと、全部くずだったら意味はない」。IT系ニュースサイト「テッククランチ」の15年のインタビューではそう語っている。
ロシア政府を相手にした経験が、テレグラム(本社ドバイ)を創設する動機になった。兄と共に、付け狙う各国政府の目から自由でいられる何かを構築したいと考えた。
テレグラムの強力な暗号化の仕組みとプライバシー重視の姿勢は、何億ものユーザーを引き付けた。フランス・パリで15年11月のテロを企てたテロリスト集団を含めて。
テレグラムは単純に、この市場で最も安全なメッセージングアプリにすぎないとドゥロフは言う。もし妥協して政府のための「裏口」を作れば、アプリの魅力は損なわれ、プライバシー重視の約束もほごになる。
「犯罪に対して安全で、政府にとっては開かれているというのは不可能だ。安全か安全でないかのどちらかしかない」。CNNの16年のインタビューでドゥロフはそう語った。
ロシアとの関係
ロシアは18年、治安当局に暗号解読のための復号鍵を提供しなかったとして、テレグラムを禁止しようとした。ドゥロフは禁止に逆らうと断言。再びロシア政府との対立が浮上しそうに思えたが、何も起きなかった。禁止は20年に解除された。
その後の数年でテレグラムはロシアで何の制約もなく使われる数少ないSNSの一つになり、ロシア当局者の公式通信手段としても利用されている。
一部では、テレグラムがロシア政府に対して何の譲歩もなしに、これほど自由に活動できるのかという疑問も浮上しているが、ドゥロフは一貫して疑惑を否定している。
パリで拘束される前、ドゥロフはアゼルバイジャンにいた。ロシアのプーチン大統領は同じ時期にアゼルバイジャンを公式訪問している。大統領報道官によれば、2人は面会しなかった。
ドゥロフは公にはロシアに背を向けているが、ロシア政府はドゥロフが拘束されるとすぐ、ドゥロフ側の行動に出た。外務省報道官は、ドゥロフの法的トラブルを知ってパリのロシア大使館が「直ちに仕事に取りかかった」と述べている。=一部敬称略