宗教を利用するQAnon、警戒心の薄いキリスト教徒が標的に
(CNN) パーカー・ネフさんが「#WWG1WGA」という見慣れないハッシュタグを見つけたのは、フェイスブックで保守系の投稿を閲覧していた時だった。
ネフさんは当時、20年以上務めた南部バプテスト教会の牧師を引退したばかり。自由な時間ができ好奇心を刺激された。
「インターネットで検索を始め、少し調べてみた」とネフさんは振り返る。
こうして、66歳のネフさんと妻のシャロンさんは、ネット上で最大級に危険な落とし穴にはまり込んでいった。
ネフさんがハッシュタグの意味を発見するのに時間はかからなかった。「Where We Go One We Go All(我々がひとつになる場所に、我々は皆行く)」との文句は、ネット上の陰謀論の集合体「QAnon(キューアノン)」のスローガンのひとつだった。
ミシシッピ州に住むネフさん夫妻はやがて、「Q」の謎めいたメッセージを解読する「研究者」によって投稿された、膨大なQAnon関連の動画を視聴するようになった。「Q」はネット上の匿名の人格で、軍や情報機関の機密活動を知りうる立場にあると主張している。
QAnonは2017年の誕生以来、瞬く間に広がり、米国の政治やネット文化に浸透した。そして今や宗教にまで入り込んでいる。
トランプ大統領の集会でQAnonのプラカードを掲げる女性=ペンシルベニア州、2020年9月22日/Jeff Swensen/Getty Images
QAnonによると、トランプ大統領はひそかに、映画界や政界のエリートが運営する児童性愛組織を阻止する取り組みを進めていて、「嵐」と呼ばれる黙示録的な出来事の中でこうしたエリートの正体が暴かれる日が来るとされる。
新型コロナウイルスの流行に伴い、QAnon関連のコンテンツはネット上で爆発的に増加した。英シンクタンクによると、フェイスブック上では175%、ツイッター上では63%近く増えたという。
QAnonの陰謀論は、ある有名な俳優は実は性的人身売買の業者で、民主党の有力者は悪魔崇拝の儀式に参加していると主張する内容。根拠は示されていないが、その危険性は現実のものとなっている。
米連邦捜査局(FBI)は、QAnonを「国内テロの脅威」と位置付けた。SNSではフェイスブックが今月、QAnon絡みのコンテンツを禁止すると表明し、ユーチューブも15日、QAnonの動画を含め「現実世界の暴力の正当化に利用される陰謀論をさらに排除していく」と発表した。
それでも依然、キリスト教徒の保守派の中には、QAnonの突拍子もない陰謀論を信じる人がいる。
「今のところ、QAnonはまだ福音主義の非主流派という域を超えていない」。福音派の牧師で、イリノイ州にあるウィートン大学の学部長を務めるエド・ステッツァー氏はそう指摘する。「ただし、非主流派としては非常に規模が大きい」
QAnonに沿った考え方を説く牧師
一部の牧師は実際に、信徒をQAnonへと導いたり、そこまでいかなくともQAnonの怪しげな陰謀論を紹介したりしている。
以下に例を挙げよう。
・ミシガン州にあるロックアーバン教会は7月の礼拝で、QAnonの陰謀論を支持する信ぴょう性に乏しい動画を流した。
・カリフォルニア州にあるペンテコステ派のメガチャーチ、ベテル教会の指導者ダニー・シルク氏は、QAnon関連の言説とハッシュタグをインスタグラムに投稿した。
カリフォルニア州にあるベテル教会/Mike Chapman/Record Searchlight/USA Today Network
・QAnonとキリスト教を融合させようとする運動もあり、これはインディアナ州を拠点とするオメガ王国省が主導している。礼拝では聖書とともにQ関連の文書が読み上げられる。
ミネアポリスを拠点とする福音派の牧師ポール・アンリトナー氏は、保守派のキリスト教徒がQAnonの「聖書」を題材に説教を行うという懸念すべき事例を目にしたと話す。
そこでは、牧師が「ディープステート(影の政府)」に警鐘を鳴らし、信者が聖書研究会で陰謀論を語り合い、そして最も憂慮すべきことに、疑いを知らないキリスト教徒が尊敬を集める教会指導者を通じてQAnonにおびき寄せられていた。
QAnonのメッセージを聖なる文書とみなす信者も
ハーバード大学ケネディスクール大学院の研究者ブライアン・フライドバーグ氏は、QAnonは複雑な現象だと指摘する。
QAnonの題材はネット上のミームから反ユダヤ主義的な文言、キリスト教の聖書に至るまで、ほぼ際限なく生み出されてくる。匿名の掲示板を起点に、SNSを通じて怪しげな考え方が拡散し、時にトランプ氏やその協力者のツイートに入り込むこともある。
Qを名乗る彼自身(あるいは「彼女」「彼ら」かもしれない。Qの正体は誰にもわからない)、2017年を皮切りに5000近いメッセージを投稿してきた。
QAnonをめぐっては、集団的な妄想とみなす見方もあれば、政治的なカルトとみなす見方もあるが、中には新たな信仰の芽が見て取れると主張する人もいる。
QAnonに対する宗教的な見方によると、Qはポストモダンの預言者であり、「Qドロップ」(つまり彼のメッセージ)は聖なる文書ということになる。トランプ氏は救世主であり、世界の終末に「嵐」を引き起こして悪の正体を暴くとされる。
トランプ大統領を支持する集会でQAnonの旗がはためく様子=ニューヨーク州、2020年10月11日/Stephanie Keith/Getty Images
もしQAnonが新たな宗教なのだとすれば、それは真実を奪われた我々の時代にふさわしい特徴をそなえた宗教と言える。人目に付かないネット上の画像掲示板で生まれ、SNSを通じて拡散し、倒錯した形のポピュリズム(大衆迎合主義)を説き、事実を軽視する大統領によって増幅される。
ただ、冒頭のネフさん夫妻は、QAnonは宗教ではなく「裏情報」を入手する場所だと説明する。
「FOXニュースやCNNをチェックするようなもの」。つまり、最新ニュースを見つける場所だとパーカー・ネフさんは語る。「単純に、良質で堅実な保守思想のように見えた」
夫と同じく、シャロン・ネフさんもQAnonとキリスト教の間に矛盾があるとは考えておらず、むしろ重要なつながりを見いだしている。この点はシャロンさんの友人や教会仲間の多くも同様だ。
QAnonの「赤い薬」
ある意味、QAnonには、政治活動に熱心で超保守的な福音主義者の懸念に呼応する面もある。
共通点として挙げられるのは、聖書やQの投稿というレンズを通じて世界の出来事を解釈する点だ。また、善と悪を分かつ最後の審判が訪れるという考えにとりつかれ、メディアへの不信感が強く、トランプ大統領を思いがけず現れた擁護者や英雄とみなす点も共通している。
シャロン・ネフさんはまた、Qが聖書を幅広く引用する点や、児童人身売買の実態を暴くと主張する点も気に入っている。ネフさんら南部バプテスト教会の女性は、何年も前からこの問題に取り組んできた。
研究者によると、これは偶然ではなく、QAnonはキリスト教徒を運動内に引き込むために、児童被害のような感情に訴えるトピックを利用している。
「あれは勧誘戦術だ」。QAnonの解明を目指すポッドキャストの司会者はそう指摘し、「赤い薬(厳しい現実に目を開かせる薬)として子どもの問題を利用している」と分析する。
QAnonのパーカーを着てトランプ氏の支持者の集会に参加する男性=2020年10月30日、ニューヨーク市/Stephanie Keith/Getty Images
問題なのは、「子どもを救え」というスローガンから出発した人がそこにとどまらない点だ。「いわば『不思議の国のアリス』のようなもの。ウサギを追いかけているうちに、いつしか全く異なる現実の枠組みに入り込んでしまう」(アンリトナー氏)