レストラン店主、壊れた車集めて空き時間に修理 困っている人々に贈る
リーさんは「非常に圧倒された」という。「一体誰がこんなことを? クリスマスの朝にやって来て、車をくれて、車の鍵をくれて、車の所有権までくれるなんて。それも無条件で。これまでの人生で何かに勝利したことなんてなかったけれど、まるで自分が勝ったような気分になった」
感動の涙を流し、抱き合い、ミドルトンさんへの感謝の言葉を述べた後、リーさんは新たな人生を始める準備が少しできたように感じたという。
「自由を取り戻した」と話すリーさん。「エリオットは神が与えてくれた特別な人。彼がやっていることには意味がある。あの車は私にとって本当の意味で天の恵みだ」と述べている。
慈善活動で自分も他人も癒やす
ミドルトンさんは、週5日は早起きして自身が経営するアウェンドーにあるレストランの仕込みをする。ハムやターキー、砂糖漬けのヤム、インゲン豆、コラードなどを調理するが、一番の人気料理はリブのグリルで、これを求めて各地から人が集まってくる。
休日の2日間は娘2人と一緒に過ごしたり、車を修理したりして過ごしている。ミドルトンさんは、父親のケビン・ウェイン・ミドルトン・シニアさんと共に17年間仕事を続け、04年には自分たちの整備工場も立ち上げた。2人はミドルトンさんがフードトラックを始めるまで、10年間工場を経営していた。だが、20年2月半ばに父親が重病を患い、その数週間後に亡くなった。
ミドルトンさんの父、ケビン・ウェイン・ミドルトン・シニアさん。1990年代に自分の自動車修理店で働く様子/Courtesy Eliot Middleton
「私の人生はあっという間に変わり始めた」。亡くなった父を埋葬したわずか数週間後の3月、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によるロックダウン(都市封鎖)措置に伴いレストランが営業規制される3日前、彼は自分のレストランの契約書にサインした。彼は非常にストレスを感じ、自分は何をしたのか、この先どうすればいいのかと考えたという。
だがミドルトンさんに嘆き悲しんでいる暇などなかった。彼は全てのエネルギーをレストランに注ぎ、ドライブスルーやデリバリー、路上ピックアップなどの営業スタイルに軸足を移し、経営を維持した。彼の心が癒やされ始めたのは20年9月、見知らぬ人のために車を修理するようになってからだ。
「たくさん問題を抱えた車を修理するのが好きだ。それは父と話せる時間だし、修理はいつも2人で一緒にやってきたことだから」と彼は言う。また、「父がすぐそばにいるような気がする。車を修理することで、車を必要としている人を助けるのと同じぐらい、自分自身も救われている。父がもうここにいないという事実に折り合いをつけることができるから」と語っている。