(CNN) 何らかの感染症が右派の間で蔓延(まんえん)し、現時点で衰える兆しが見られない。ヒラリー・クリントン氏に対する病的な執着として現れるこの疾患を、筆者は「Hillary Clinton Derangement Syndrome(ヒラリー・クリントン錯乱症候群)」、略して「HDS」と呼んでいる。
治りにくいその症状は、元国務長官に対する不健康な強迫観念――同氏の過去の行動に関するうそを拡散したり、本人と無関係の出来事で同氏を非難したりする行為が当てはまる――が、一方で同氏の2024年大統領選への再出馬を貪欲(どんよく)なまでに願う気持ちと相まって表れる。
ディーン・オベイダラー氏
新たなHDSの変異株が、どうやら先週出現したようだ。きっかけは米連邦捜査局(FBI)によるドナルド・トランプ氏とロシアの関係の調査が始まった発端について捜査するジョン・ダーラム特別検察官だ。ダーラム氏がマイケル・サスマン被告に関する申し立てを提出したことが要因だった。サスマン被告はクリントン氏の16年の選挙活動に携わった弁護士で、FBIに虚偽の陳述を行ったとして訴追されている(サスマン被告は無罪を主張しており、裁判は今年、事実審理に入る予定)。
ダーラム氏の13ページの申し立てはサスマン被告の弁護士に関する利益相反の可能性を取り上げていたが、右派の一部は当該の書面がクリントン氏にまつわるより不穏な事柄を暴くものだと読み取った。
サスマン被告がインターネットのデータを米中央情報局(CIA)と17年に共有した件の詳細に飛びつくと、右派の活動家やFOXニュースの記者、そしてトランプ前大統領本人はこぞって非難の声を上げた。クリントン氏の陣営とその弁護士らが「トランプタワーとホワイトハウスのサーバーに『侵入』を図った」というのがその主張で、トランプ政権の元側近のカシュ・パテル氏がFOXニュースのインタビューでそう語った。
政府の首席補佐官を務めたマーク・メドウズ氏はツイッターで、「彼らは単にトランプ氏の選挙運動をスパイしただけでなく、現職の米大統領としてもトランプ氏をスパイした」と述べた。トランプ氏は申し立てについて「議論の余地のない証拠が上がり、選挙運動中と大統領就任中にスパイされていたことが明らかになった。実行したのはヒラリー・クリントン氏の陣営に雇われた工作員だ」と指摘した。また「我が国の力がもっと強い時代であれば、この犯罪は死刑に値しただろう」と付け加えた。
これらはすべて、明らかにHDSの症例だ。というのも、提出文書は実際のところそのような内容を一切裏付けていないのだから。様々なファクトチェッカーが確認した通り、右派寄りのメディアが共有する主張は現実に基づかない。ダーラム氏の申し立てには「侵入」という単語さえ含まれていない。それでも典型的なHDSの症状は、クリントン氏の行動についての幻覚という形で現れる。
共和党のテッド・クルーズ上院議員による19日夜のニュースに対する反応も、それで説明がつくだろう。そのニュースとは性犯罪で起訴され勾留中に自殺した米富豪ジェフリー・エプスタイン被告の仲間だったジャンリュック・ブルネル氏が、パリの刑務所の独房内で死亡しているのが見つかったという内容だった。テキサス州選出の同上院議員はこのニュースをリツイートし、次のように書き込んだ。「誰かヒラリー氏が今週末どこにいたか知っているか?」。クルーズ氏は他のHDS感染者と同様、明らかに隙あらばヒラリー氏に言及しなくては気が済まない。たとえニュースの見出しがヒラリー氏と何ら関係のないものであってもだ。
知らぬ間に進行するHDSの症状により、どうやら感染者はクリントン氏を憎む一方、逆説的に同氏を政治の舞台でもっと見たいと切望するようにもなるらしい。そう考えればクリントン氏を数十年にわたり攻撃しているまさに同じ人物らが、なぜ同氏の24年大統領選への出馬という考えにすっかりとらわれているのかも説明がつく。本人が再出馬をほのめかしてさえいなくても、それは問題にならない。どうやらHDSの影響で、特定の人たちには我々の見えていないものが見えているようだ。
例えば共和党のジム・ジョーダン下院議員は、先週FOXニュースの取材に答え、クリントン氏のトランプ氏に対する(存在しない)スパイ行為について、「我々の想定より悪質」だと明言した。そしてその直後、「ヒラリー・クリントン氏は大統領選に出馬するつもりのようだ。もし同氏とトランプ大統領の再戦が実現するなら、私はトランプ大統領が圧勝すると思う」と付け加えた。
さらにFOXニュースの司会者を務めるタッカー・カールソン氏は、クリントン氏が24年の出馬に向けて準備している可能性があると断言。「我々はヒラリー・クリントン氏の大統領選出馬を全面的に支持する」と述べた。これは笑い事ではない。こうした人々は明らかに病んでいる。HDSにかかった。そういうことだ。
衝撃的な話だが、HDSは今に始まった病気では全くない。それはクリントン氏がファーストレディーとなった1993年以来、全国規模で常に我々とともにあり、転移もしている。誰がHDSの「患者第1号」かを突き止めようとした専門家の見解で、医学百科事典が丸々一冊作れるだろう。そこには以下のような見出しの記事が載るはずだ。「ヒラリー・クリントン氏への憎悪にみる深い闇」、「なぜ人々はヒラリー・クリントン氏を嫌うのか?」、あるいはもっと平たく「どうして彼女は嫌われる?」。この話題を扱った書籍さえ複数出版されている。マイケル・ダントニオ氏の著書「The Hunting of Hillary: The Forty-Year Campaign to Destroy Hillary Clinton(仮訳:ヒラリーを追う:ヒラリー・クリントン氏をつぶすための40年にわたる組織的活動)」などがそれだ。
HDSにワクチンや専用のリハビリセンターさえあれば患者にとってこうした錯乱を乗り越える助けになるのだが、患者はそのような症状により本来持つ合理性を徐々にむしばまれているように思える。いっそ長時間のテレビ番組でも作って、募金を集めてみるのもいいかもしれない。それをより効果的な治療のための研究費に充てるのだ(ヒラリー・クリントン氏自身は、名誉棄損<きそん>訴訟をちらつかせるという別の手法でHDS撲滅を図っているようだ)。
しかし、たとえHDSの治療薬があったとしても、患者全員がそれを利用するかどうかは疑わしい。中には自分が問題を抱えていることを理解していない人々もいるように見受けられるからだ。視聴率のためか、あるいは社会的な影響力のためか知らないが、どうもHDS感染者の一部というのはクリントン氏を家賃なしで頭の中に住まわせたいだけでなく、是が非でもそこにいてほしいと願うものらしい。
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ディーン・オベイダラー氏は元弁護士で、現在は衛星ラジオ「シリウスXM」の番組司会者やニュースサイト「デイリー・ビースト」のコラムニストを務める。記事の内容は同氏個人の見解です。