(CNN) 一連の高官級協議が米国、欧州の同盟国、ロシアの間で今週幕を閉じていくなか、ロシア政府による国境周辺での軍備増強は依然として西側の外交官にとって最大の関心事であり続けるだろう。彼らがそれぞれの勤務地に戻ってからも長くそうなるはずだ。
マイケル・ボチュルキウ氏
ざっと10万人のロシア軍がウクライナ近くに駐留している状況は、過去数年で最大となる安全保障上の危機を欧州とその同盟国にもたらしている。ここで言う同盟国には米国も含まれる。一方カザフスタンでは、ロシアのプーチン大統領が今月のトカエフ大統領の政権による野蛮な弾圧を好機ととらえ、抗議デモ参加者らに対し、革命が当該地域に拡大するのを決して許さない姿勢を再認識させた。ロシア政府が主導する軍事同盟の兵士を派遣し、騒乱の鎮圧を支援。この中央アジアの国を自身の勢力圏内にしっかりとつなぎとめて見せた。
プーチン氏の発言の口調と兵力派遣の軌跡をたどれば、その意図にはほとんど疑問の余地がない。つまり旧ソビエト連邦の広大な領土に対する支配権の回復であり、北大西洋条約機構(NATO)の勢力範囲を冷戦時代の水準にまで押し戻そうとさえしている。なるほど、先週ブリュッセルで開かれたいちかばちかのNATO・ロシア協議の中で、米国の交渉担当者を務めた国務省のシャーマン副長官はCNNの取材に答え、ロシア側がウクライナ国境での緊張緩和を約束していないことを明らかにしていた。
米国にとって交渉が差し迫ったものとなっている背景には、バイデン政権による願望がある。それは他に注意をそらされることなく外交的な軸足をインド太平洋地域へ移したいという思惑の表れであり、とりわけ中国との関係修復を念頭に置く。ただ多くのアナリストが意見を同じくしているように、新たな厳しい制裁措置をちらつかせても欧州におけるロシアの冒険主義に歯止めはかかっておらず、西側の外交官はおそらく打つ手がほとんどないまま交渉しているのが実情だ。
プーチン氏のかけ金も、同等につり上がってはいる。2年足らずの間にロシアは、2つの思いがけない暴動への対処を迫られた。いずれの反乱も、自国の戸口に位置するベラルーシとカザフスタンで起きた。しかしロシア政府から見れば、中央アジア最大の旧ソ連構成共和国であるカザフスタンは、ドミノの一つとして倒れてしまうにはあまりにも重要な存在だ。
カザフスタンが西側の領域にずり落ちていくのを許し、例えば西側のやり方に従った民主的な選挙を認めたり、国民の激しい抗議の声にこたえる形でより高度な政治的自由を与えるなら、ロシアの誇りは打ちのめされ、地域に対する支配力の低下を示唆する事態となるだろう。天然資源の豊富な同地域は、米国や中国からの巨額の投資を引き付けてもいる。カザフスタンの確定石油埋蔵量は世界12位。ガスでは14位だ。世界原子力協会によると2019年の世界のウランはカザフスタン産が半分を占めた。ロシア政府としては、いわゆるカラー革命が新たに盛り上がるのだけは何としても避けたい。抗議活動が広がり、ロシア国内や他の旧ソ連構成国まで刺激しかねないからだ。
今回のカザフスタンにおける騒乱は、燃料価格の上昇のほか失業問題からインフレ、汚職に至るありとあらゆる事柄に対する不満が引き金となった。その結果としての抗議デモが映し出したものは「怒りと無法状態にほかならず、矛先は堕落した政府に向けられた。それは極めて独裁主義的であり続け、社会の不公平そのものだった」と、米国の非営利組織、オクサス・ソサイエティー・フォー・セントラル・アジアン・アフェアーズのエドワード・レモン会長は述べた。この後の政府による弾圧で、少なくとも164人が死亡。数千人が逮捕された。
例のごとく、反乱を封じ込めるためベラルーシで使われた戦略がカザフスタンでも採用された。つまり暴力的な弾圧に訴え、虚偽情報を植え付け、特定されない国外のトラブルメーカーを非難し、ソーシャルメディアを遮断したのだ。今回は初めて、中国の対話アプリ「微信(ウィーチャット)」も制限の対象になった。抗議する側との意見交換の場も一切設けなかった。
ロシア政府は直ちにトカエフ大統領の要請に応じ、ロシアが主導する軍事同盟、集団安全保障条約機構(CSTO)を「平和維持部隊」として派遣。秩序の回復を助けた。プーチン氏には介入する理由がいくらでもあった。もしロシアがカザフスタンをその勢力圏から失えば、それを契機に民主化を求める動きが他の旧ソ連諸国でも起こる可能性があったからだ。
しかし極めて重大なのは他国、とりわけ中国が今回の展開から何を学ぶかだ。習近平(シーチンピン)国家主席は、プーチン氏がどれだけ西側に圧力をかけられるか注視する公算が大きい。そこで学んだ手法を当てはめ、台湾をはじめとする領域をめぐって今後危険な賭けに出るのはほぼ確実だろう。ロシアはハイレベルな外交協議に参加しても威嚇的な姿勢を崩さず、協議が「行き詰った」と宣言して立ち去るだけだ。そして必要ならばしかるべき行動を取り、「我が国の安全保障に対する受け入れがたい脅威を排除する」ことも辞さないと告げる。これは癇癪(かんしゃく)に物を言わせる外交として最上の振る舞いであり、北京でも称賛の的となるのではないだろうか。
中国政府とロシア政府が外交政策で協調を図ろうとする今、中国は有益な教訓を引き出しつつ、プーチン氏にどこまで西側の決意を試すことができるのか見守っている。米国が安全保障を請け負う台湾を「再統一」するべく意欲を燃やし、南シナ海の領有権を強く主張する中国にとって、西側が越えてはならない一線をどこへ引き、どうやってそれを守るのか(あるいは守らないのか)を注視することには十分な価値がある。
カザフスタンはぐらつく1枚のドミノとして、プーチン氏がプレーする地域ゲームの盤上に位置しているが、同時に中国が繰り広げる地政学的戦略においても、エネルギーの自立を図る上で重要なピースとなっている。それは同国での騒乱が、中国にも重要な問題として直接降りかかることを意味する。報道によると、中国とつながりのある企業によるカザフスタンでの投資額は最大で260億ドル(約2兆9800億円)。投資対象に含まれる石油パイプラインは、約1760キロに達する両国国境をまたいで伸びる。17年には、中国が提唱する広域経済圏構想「一帯一路」の主要国として大量の資金がカザフスタンに流れてもいた。
中国がカザフスタンに経済的利益を持っていることから、西側の外交官らは中国政府がロシア政府に対し、自制を働かせつつカザフ国内の安定を維持するよう呼び掛けることを期待するかもしれない。実際には中国はロシアの率いる部隊がカザフスタンへ派遣され、反乱を鎮圧するのを支持すると表明した。
一方で米国は、カザフスタンに対する主要投資国として多くの権益を有し、過去30年間にわたって良好な2国間関係を築いてきた。従ってトカエフ大統領の周辺に形成される新たな当局者のグループとは引き続き顔を突き合わせ、表現の自由の抑圧がなぜ投資環境にとって有害なのかという問題について自らの立場を訴えていかなくてはならない。ただ米国が百も承知なように、中国をはじめ人権無視の非難を浴びる国々の投資家らは、そうしたいかなるビジネス上の空白も喜んで埋めにかかるだろうが。
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マイケル・ボチュルキウ氏は世界情勢アナリストで、欧州安全保障協力機構(OSCE)の元広報担当者。テクノロジーの進展した社会に新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)がどのような影響を及ぼしたかを論じた書籍「デジタル・パンデミック」の著者であり、ポッドキャスト番組の司会も務める。CNNには論説を定期的に寄稿している。記事の内容は同氏個人の見解です。