ウクライナ全土で急ピッチで新設される防空壕、兵士用ではなく生徒のために
ウクライナ・キーウ(CNN) ウクライナでは新しい学年は祝福で始まる。子どもたちはおめかしをして、教師に花束をプレゼントする。
だが、幸せな1日にロシアの侵攻が影を落とす。学校に戻ってくる子どもたちのために、国内の教育施設は現在急ピッチで防空壕(ごう)や地下シェルターを建設している。
学校が9月の始業式に向けて準備を進める中、多くの教育者は学校が攻撃に遭っても生徒たちの身の安全を守り、保護者を安心させることができないという事実と格闘している。「我が国の学校は防衛施設としての使用を想定して設計されていない」と、ウクライナの教育行政監察員セルヒー・ホルバチョフ氏はCNNに語った。
首都キーウ郊外の緑豊かなイルピンでは、第17学校の校舎のあちこちが戦闘で損傷を受けた。町でもとくに大規模な部類のこの学校では、6歳から17歳まで2400人以上の生徒が通っている。爆弾の破片で校舎の屋根は破損し、窓はすべて割れている。
色鮮やかな校舎の壁や床にぽっかりと空いた穴は、コンクリートや漆喰(しっくい)で修復された。学校内の地下シェルターは国連児童基金(UNICEF)の協力で再建が進められている。「安全で快適に過ごせるように、子どもたちが怖がらず、保護者が安心できるようにするためだ」と、第17学校のイバン・プタシュニク校長はCNNに語った。
17日に校舎を訪れた9学年のアンナ・クラシュクさんは、友人や先生に会えなくて寂しいとCNNに語った。「とても学校に行きたい。友達とハグしておしゃべりできる日が待ち遠しい」とクラシュクさん。隣にいる2年生のイバン・ピンチュクくんは「ウクライナが勝って、(ロシア大統領のウラジーミル・)プーチンが死ぬこと」だけが望みだと語った。
壁に空いた穴をふさいだイルピンの第17学校の教室/Kostiantyn Tolstykh for CNN
戦争が勃発してからの6カ月間、国が途方もない困難に見舞われている時期に、クラシュクさんやピンチュクくんをはじめとする子どもたちは新年度の準備を進めている。東部ではウクライナ軍が迫りくるロシア軍と戦闘を繰り広げ、国内経済はぼろぼろだ。
戦争により、子どもたちの生活や将来にも犠牲が及んでいる。ホルバチョフ氏の話では、戦争勃発から少なくとも361人の子どもたちが命を落とし、1072人が負傷した。ウクライナ政府が6月に行った調査によれば、ウクライナで暮らす570万人の就学児童(3~18歳)が戦争の被害を受け、そのうち280万人が国内で避難生活を送っていると推定される。
国連の推計によれば、国外避難者は少なくとも630万人。その多くが女性や子どもたちだ。
2年生のイバン・ピンチュクくん(右)はウクライナの勝利を望んでいると話す/Kostiantyn Tolstykh for CNN
デジタル化が進んでいることで知られるウクライナは、ロシア侵略の打撃が教育インフラに及ぶや、ただちにオンライン学習へシフトした。だが6月の教育ニーズ評価調査によれば、デジタル機器や高速インターネットの欠如が課題となっている。調査でも、オンライン学習の実施には生徒および教師用に20万3000台のタブレットと16万5000台のラップトップPCが必要だと指摘されている。
教育当局の関係者によると、ウクライナ国内1万7000カ所の学校のうち2300校が戦闘で損傷した。セルヒー・シュカルレット教育相は23日、大学を含む全学校のうち約59%は9月からの対面授業の再開には間に合わないだろうと述べた。どのぐらいの生徒が対面授業に出席できるのか、まったく予想ができない。
「今年度は困難を極めるだろう」とホルバチョフ氏も言う。「予測不可能で、非常に困難な状態でのスタートになるだろう。ロシアのミサイルはいたるところを攻撃してくるため、実際のところウクライナには安全な場所はひとつもない」
学習格差
新型コロナウイルスで2年間、戦争で半年を過ごした後、教育者はウクライナの子どもたちの間に広がる学習格差を懸念している。
NPO教育団体「Teach For Ukraine」を率いるオクサナ・マティアシュ氏によれば、生徒の習得度の尺度として信頼の高い「経済協力開発機構(OECD)国際学習到達度調査(PISA)」の2018年のスコアを見ると、ウクライナの地方と大都市で生徒の習得度に2年半の開きがあったという。同団体では低所得コミュニティーの学校に勤務する若手教員の訓練と採用を行っている。
PISAの結果からは、ウクライナの15歳の平均スキルが大半の欧州連合(EU)諸国より低いことも判明した。パンデミック(世界的大流行)以降は最新の評価は発表されていないが、マティアシュ氏の考えでは学習格差は相当広がっているという。「ウクライナの多くの人々が、子どもや教員の支援、有償の学業支援にまで手が回らない状態だ。ウクライナの子どもたちは何カ月も、ひょっとすると何年も学習機会を失ってきたのではないだろうか」
保護者たちは安心して我が子を学校に送り出せるかどうか、決断を迫られるだろう。当然ながら、多くの保護者が二の足を踏んでいる。ホルバチョフ氏の話では、東部の前線付近で暮らす家庭ではオンライン学習を選択しているという。今やウクライナの各都市で日常生活の一部となった、絶えまない砲撃の危険と空襲サイレンがその理由だ。
11歳のズラータ・パブレンコさんが最後に1学年通して対面授業を受けたのは19年だった。
11歳のズラータ・パブレンコさん(左)と母親のハンナ・コバレンコさん/Kostiantyn Tolstykh for CNN
現在キーウの日当たりのよいアパートで両親と暮らすパブレンコさんはライラック色のベッドカバーの上に座りながら、パンデミックがきっかけで20年からオンライン学習をしていると語った。21年に1学期だけ学校に戻ったが、新たな感染の波で再び自宅学習を余儀なくされた。
子どもの教育の権利はもちろんのこと、ウクライナの生活がロシアの侵攻でことごとく支障をきたしている中、教室に戻りたいというパブレンコさんの希望も潰えた。パブレンコさんは家族とともにキーウを離れてウクライナ西部に避難。5月には戻って来られたが、36人のクラスメートの半数はいまも国外にとどまっている。
破壊された教室。東部の戦線に位置する都市クラマトルスクで撮影/Anatolii Stepanov/AFP via Getty Images
パブレンコさんは9月1日の始業式には教室で授業を受けたいと心から願っているそうだが、学校内の地下シェルターは少人数の生徒しか収容できない。母親のハンナ・コバレンコさんの話では、シェルターの収容人数に合わせて子どもたちを分散登校させるか、あるいは完全にオンライン授業になるのか、近日中に判明するという。
「母親としては、自宅学習のほうが大変だ」と、会計士として働くハンナさんはCNNに語った。「(オンライン学習をしていると)子どもたちは互いにコミュニケーションをとることができない。だから娘には対面学習をさせたい」
精神的な支障
論理的思考スキルや問題解決能力を形成する社交生活は、学習でも大きなウェートを占める。そうした理由から、「最終的にはすべての子どもが学校に戻って、教室内で学習できる日が来てほしい」と、UNICEF代表のムラト・シャヒン氏はCNNに語った。
だが、戦争によって「子どもたちは満足に学習できず、交流もできず、当たり前の生活を送れていない」。同氏の説明によれば、UNICEFではウクライナ教育省と連携して、教員や家庭教師が少人数の子どもたちと定期的に連絡をとって「一緒に遊んだり、考えたり、さらには宿題も一緒に取り組めるよう」サポートする計画を立てているそうだ。
「幼い子どもたちや1年生にとって、大人と直に接することが必要不可欠だ。子どもは大人だけでなく、同年代の子どもと接することで多くを学ばなくてはならない。リモート形式でこれを達成するのは非常に難しい」とホルバチョフ氏も言う。
新学期の準備に追われるイバン・プタシュニク校長(右から2人目)と教師たち/Kostiantyn Tolstykh for CNN
また戦争で教師の頭脳も国外に流出した。同氏によれば、ウクライナの教育者43万4000人のうち(大半が女性)2万2000人が国外に避難し、さらに大勢が国内で避難生活を続けているという。
国内にとどまった人々も次第に不安を募らせている。「350人の教師を対象にアンケートを実施したところ、全員が子どもへの責任が増したことでつねに不安で胸がいっぱいだと答えた」と、Teach for Ukraineのマティアシュ氏は語った。
戦争によるストレスやトラウマは子どもたちにも広がり、学習能力にも支障をきたしている。パブレンコさんもおびえながら、「ロシア人がやって来て、戦車が私たちの町を走り回り、彼らが家のドアをノックすること。それが怖い」と語る。
ウクライナ国内の全ての学校、大学のうち約59%は9月以降も体面の授業ができない状況だという/Christopher Furlong/Getty Images
ウクライナ教育省は23日に声明を発表し、ロシア人作家やベラルーシ人作家の作品の大半を外国文学課程およびロシア語の授業から除外したと発表した。ウクライナの歴史と世界史も改訂され、「最新のカリキュラムではソビエト連邦を帝国型の国家だとみなしている」とした。
「ウクライナではかれこれ2年ほど、法律により学校でロシア語だけを教えることはできない。ロシア語の授業に関しては、自分が民族的にロシア人だと考える保護者が申請書を提出すれば、マイノリティーの言語としてロシア語を学ぶことが認められる」とホルバチョフ氏は語った。「何より、我々はあちらの言語を理解できるが、あちらは我々の言語を理解できない。そういった点で、我々の方がロシア人より圧倒的に有利だ」
「失われた世代」
当然ながら教育者は、ヘルソンやザポリージャといったウクライナ南部のロシア占領地域で暮らす子どもたちの環境を懸念している。
ホルバチョフ氏によれば、現地で暮らす教師から「占領者の教育プログラムにしたがって勤務するよう強制されている」というメッセージが500件近く寄せられ、「ウクライナ語やウクライナ史は(教育)課程から撤廃された」という。また親ウクライナ派の教師は自宅から立ち退きを迫られ、逮捕・処刑の脅迫を受けているという報告もあると付け加えた。
「占領地域に残っている方々……教師の皆さんにお伝えしたい。ウクライナへの忠誠心を失わず、自発的に占領者への協力に屈せずにいることには非常に感謝している。だが(皆さんの)命のほうがもっと重要だ」(ホルバチョフ氏)
ロシアによる侵攻はウクライナ人の生活をあらゆる面で破壊した。子どもたちの教育権もその一つだ/Kostiantyn Tolstykh for CNN
最重要課題は子どもたちを日常生活に戻し、戦争の恐怖から子どもたちの気を逸(そ)らせ、教育に再び価値を見出すことだとマティアシュ氏は言う。その理由として、同氏はTeach for Ukraineが行った別のアンケートを引き合いに出した。アンケートでは調査対象の子どもの半数近くが、重度のストレスを抱えていると回答した。また子どもたちは「身の回りのものがすべて崩壊しているのに、勉強する意味が分からない」と感じていると同氏は付け加えた。
「この戦争で失われた世代が生まれるリスクが出ている」と同氏は続けた。それを示す例が、国外に避難した人々が「ウクライナに戻らない一番の理由として子どもの教育を挙げている」点だ。
「だからこそ、最優先課題として適切な防空壕を校内に設置する必要がある。子どもたちが絶えず身の安全を気に病むことなく、しかるべき教育を継続して受けられるように」