「故国が間違ったことをしている」 動員逃れたロシア人、2万人超が米入国目指す
「ショッキングだった」とミハイルさんは振り返る。「自分の国が間違ったことをしていると気づいた」
口に出すのは安全ではないと知っていながらミハイルさんは、SNSや自分が通うキリスト教教会で、戦争反対を表明した。
戦争反対の姿勢を公にしたことで保護者から苦情が出て、仕事は辞めさせられたという。その後はオンラインで語学教師の仕事をしながら普段通りの生活を続けた。
しかし22年9月、プーチン大統領が動員令を発布したことで、その生活は暗転する。直後にミハイルさんは妻に別れを告げ、タクシーで国境にたどり着いてバスに乗り換え、カザフスタンを目指した。バスは同じようにロシアを脱出する若い男性でいっぱいだった。
「私は震えていた」とミハイルさん。バスが無事に国境を越えると、車内から歓声が上がった。
1週間後、ナイリアさんと2人の息子はミハイルさんに合流した。
カザフスタンで再会を果たした数日後、一家は列車でウズベキスタンへ移動した。友人たちとアパートに滞在して1カ月以上床に寝て過ごし、ミハエルさんは一家を支えるためにオンラインで仕事を続けたが、旧ソ連の構成国だったウズベキスタンにとどまるのは安全ではないと感じたという。
ロシア人の友人が、メキシコから国境を越えて米国に入国したと知ったのはそんな時だった。
ミハイルさんはインターネット検索を通じ、米国を拠点とするキリスト教のNPOを発見する。
同NPO代表のアルマ・ルースさんは、マンズリンさん一家から支援を求められ、メキシコ市と、米国との国境沿いにあるメキシコ北部レイノサにいる友人を紹介したと話す。
CBPの統計によれば、米南部の国境で対応したロシア人の数は、20年度の467人から、22年度は2万1763人へと激増した。
マンズリンさん一家はドバイ経由でメキシコへ飛んだ。ロシア人の友人から、その方がメキシコへ無事入国できる確率が高いと聞かされたためだった。11月下旬、レイノサに到着した一家は、700人ものロシア人が米国への合法的な入国を待っていることを知った。