香港女性モデルのバラバラ殺人、 よみがえる過去の記憶

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香港の埋め立て地で蔡天鳳さんの遺体の一部を捜索する警察官ら/Tyrone Siu/Reuters

香港の埋め立て地で蔡天鳳さんの遺体の一部を捜索する警察官ら/Tyrone Siu/Reuters

香港(CNN) 緑豊かな山を背にしたきらびやかな摩天楼や点心店、スーツ姿の投資銀行員たち――。それが絵はがきに描かれる香港のイメージだ。

しかしここ数週間、国際金融拠点の香港はもっと暗い出来事でメディアの見出しをにぎわせている。モデル兼インフルエンサー、蔡天鳳(アビー・チョイ)さんの死だ。市内の賃貸物件で先月、蔡さんの切断遺体が食肉スライサーや電気ノコギリと一緒に見つかった。

28歳の母親だった蔡さんの死は、世界有数の安全な都市に数えられる香港を恐怖に陥れただけでなく、事件の凄惨(せいさん)な詳細が明るみに出るにつれ、世界の多くのメディアがくぎ付けになった。

香港市民にとっては、過去に起きたバラバラ殺人の痛ましい記憶を呼び覚ます結果にもなった。その多くは若い女性を狙った事件で、ほぼ全て男によって実行されたものだ。

1999年には「ハローキティ殺人事件」が発生。被害者の女性(当時23)はギャングの構成員に拉致され、1カ月にわたる拷問を受けた末に死亡し、遺体は切断された。頭部はハローキティのぬいぐるみの中に縫い込まれた状態で見つかった。

タクシー運転手の男が17歳の少女を含む女性4人を殺害し、切断遺体を瓶に保管する事件も発生した。男は82年に逮捕された。2008年には、首を絞めて殺された16歳の少女の遺体がバラバラにされ、トイレに流される事件があった。

さらに13年には、夫婦が28歳の息子によって殺害され、遺体がバラバラにされた。判事は「悪魔的」で「おぞましい」犯罪と形容した。

殺人事件が起きるたびに報道は過熱する。ただ、メディアの注目にもかかわらず、専門家の指摘によれば、こうした事件は香港では極めてまれだ。人口740万人の都市にしては香港の凶悪犯罪発生率は驚くほど低い。

米ニューヨークでは年間数百件の殺人事件が発生するのに対し、香港で起きる殺人は年数十件のみ。昨年記録された強盗事件は77件にとどまり、ニューヨークの1万7000件超、ロンドンの2万4000件を大きく下回った。

それではなぜ、こうした過去の少数の事件に大きな関心が集まるのだろうか。残忍さに加え、事件の珍しさが要因の一つだと、専門家らは指摘する。

だが、理由は他にもあるかもしれない。事件の陰惨な細部の陰に隠れた事情を探ると、世界有数の人口過密都市での生活を巡る特異な洞察が浮かび上がる。

遺体を隠すスペースの欠如

オーストラリア国立大学のロデリック・ブロードハースト名誉教授(犯罪学)は、過去50年の間に香港で十数件のバラバラ殺人が発生したと推定する。ブロードハースト氏はかつて活動拠点にしていた香港に「香港犯罪学センター」を創設した。

香港警察で働いた経験を持ち、いまはセミリタイアした法医学者のフィリップ・ベー氏は、これよりやや少ない推計値を挙げる。同氏が思い出せるバラバラ事件は40年のキャリアの中で10件足らずだという。

どちらの専門家も、香港が依然として非常に安全である点、事件の発生件数が比較的少ない点を強調した。実のところ、香港の安全性に定評があるからこそ、数少ない事件がより深い「痕跡」を残すのだと、ブロードハースト氏は言う。

一方で両氏は、こうした過去の事件に見られる陰惨な性質、とくに手足の切断には、香港での生活の現実が映し出されていると示唆した。

端的に言えば、狭い場所に人がひしめく香港では、遺体を隠すのが非常に難しいのだ。香港は小さな集合住宅が立ち並ぶ街で、人口密度が世界最高レベルに達する地域もある。

オーストラリアやカナダ、米国の農村部に遺体を処分しようとすれば、広大なスペースや開けた地形ゆえに「発覚しない可能性が非常に高い」(ベー氏)

香港ではそうはいかない。

あらゆる場所に目

香港では殺人犯のわずか数メートル以内に数十人が生活しているケースが多く、遺体の処理を試みる現場を目撃される可能性がある。このため、一部の犯人は処理しやすいように遺体を小さく切断する手口を取る。

「大半の人は集合住宅で重なり合うようにして暮らしている。外に出て穴を掘り、遺体を埋められるような庭付きの家に住む人は見当たらない」とベー氏。「本当の意味でひとりになる時間はない。上、下、横に隣人がいる。少しでも普段と違う点があれば、誰かの目に留まる」

ブロードハースト氏もこの見方に同意し、集合住宅ではただ外出するだけの場合でも、100世帯以上が使うエレベーターに乗らざるを得ない可能性があると指摘する。

過去の事件では、殺人犯が遺体を調理したり煮たりしたケースもある。こうした詳細は市民を恐怖に陥れたが、それに輪を掛けたのが、隣接するマカオで1985年に起きた「叉焼包殺人」などの事件を巡る根拠のないうわさだ。この事件では男が飲食店経営者を含む家族10人を殺害し、都市伝説(やそれに着想を得た映画)によると、包子にして販売していたとされる。

ただ、大半の事件ではもっとありふれた説明が成り立つと、ベー氏は語る。

香港の湿度が高い亜熱帯気候では、「遺体の臭いがすぐに気付かれる」(ベー氏)。そのため、一部の殺人犯は切断した遺体を調理することで、臭いを取り除こうと試みるのだという。

車も冷凍庫も少ない

これらの殺人犯がなぜ遺体を冷凍庫に保管しておき、夜間に水中に捨てるという他国でよく見られる手口を使わなかったのかと言うと、ここでも香港の人口密度が問題となる。

住宅価格の高騰が著しい香港では通常、集合住宅は大型家具や台所用品を置くには手狭すぎる。

「自宅に大型冷蔵庫を持っている住民はごく少数にとどまる」とベー氏。「冷凍庫を持つ人となると、さらに少ない。遺体を保管しようと思っても、それさえできない」

同様の物不足は車にも当てはまる。それゆえ、ひそかに遺体を運ぼうとしても同じ困難に直面するのだ。

駐車場付きの建物は割高になることから、車を持つ住民はほとんどいない(2019年には、駐車スペースの一つが過去最高となる100万ドル近い値段で売れた)。いずれにしても、香港には広範囲に伸びる効率的な公共交通機関がある。

こうした要因の組み合わせにより、殺人犯が奇妙かつグロテスクな手口で遺体を処理した様々な事件を説明できる可能性がある。18年には女性が夫に殺害され、遺体がスーツケースに保管される事件が起きたほか、16年には28歳男性の遺体がセメントブロックの中から見つかった。

「我々の住むここ香港では、人を殺した場合、次に思い浮かぶ差し迫った疑問は『遺体をどうするか』というものだ」(ベー氏)

「選択肢はほとんどない」

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