(CNN) ロシアの民間軍事会社ワグネルを束ねる好戦的なトップ、エフゲニー・プリゴジン氏は、反エリートを標榜(ひょうぼう)する一匹狼の役割を楽しんでいる。しかし現在強まりつつある兆候からは、ロシア政府のエリートたちがここへきて同氏を押さえつけ、息を切らす状況に追い込んでいる様子がうかがえる。
プリゴジン氏は部下の傭兵(ようへい)らがウクライナ東部の都市バフムートでロシア国旗を掲げることに賭けた。たとえ部隊の相当数を失い、自身の命運さえ犠牲になりかねないとしても。
同氏は最大4万人の囚人を徴集し、戦闘に投入したものの、数カ月にわたる過酷な戦いと信じ難い敗北の後でワグネルの戦闘員の補充に苦慮。一方でロシア国防省に対し、自身の部隊を絞め殺そうとしているとの非難を展開する。
多くの専門家は、同氏の疑念に十分な根拠があるとみる。ロシアの軍事エリートはバフムートを「肉挽(ひ)き器」として利用し、同氏に身の程を思い知らせるか、あるいは政治勢力として完全に排除しようとしている。
先週末、プリゴジン氏はバフムートでの戦闘が極めて困難なことを認めた。
バフムートの建物の上でワグネルの旗を振る戦闘員たち=3月2日公開の動画から/Concord/Reuters
ロシアの正規軍による支援と弾丸の供給がこれ以上ないほど必要な状況にもかかわらず、現状そのどちらももたらされる気配はない。
ワグネルはバフムート周辺でじりじりと前進し、今は市の東部を押さえているが、それ以外の地域からウクライナ軍を駆逐できるだけの戦力を生み出すことはできていないようだ。さらに戦闘員らは、市郊外の北西及び南西方面に広く散らばっている。
ワシントンに拠点を置くシンクタンクの戦争研究所(ISW)は、ロシアのショイグ国防相が「この機に乗じて故意にワグネルの精鋭と囚人兵の両方を損耗させようとしている公算が大きい」と分析。それによりプリゴジン氏を弱体化させ、クレムリン(ロシア大統領府)での影響力拡大の野心をくじく狙いがあるとした。
ウクライナにあるロシア軍前線本部と思われる場所に立つショイグ国防相(右)/ Russian Defence Ministry/Reuters
またロシア国防省は、プリゴジン氏による囚人の徴集や弾丸の確保といった能力にも一段の制限を加えているという。結果的に同氏は、国防省に依存する自身の状況を公然と認めざるを得なくなる。
国防省にとってプリゴジン氏に対する非難は、自分たちの失敗から注意をそらす意味も持つ。とりわけ正規軍が大敗を喫したケースでその効果は顕著になる。
認可された破壊者
昨年時点のプリゴジン氏は、プーチン氏に認可された破壊者とも呼び得る存在だった。ロシアの刑務所から囚人を徴集し、ワグネルはロシアの戦争機構の極めて重要な一部分を占めるまでにその地位を高めた。
同時にプリゴジン氏は、ショイグ氏やロシアの将軍らを痛烈に批判。能力に欠け、汚職にも手を染めているとこき下ろした。
しかし10年以上にわたり国防相を務めるショイグ氏は、抜け目なく最高司令部を入れ替え。プリゴジン氏の協力者を排除し、同氏が批判した将軍たちを抜擢した。
今年2月、ワグネルが突然刑務所からの徴集を停止するとした背後にはショイグ氏の存在があったというのが、多くの専門家の見立てだ。
今やワグネルのボスは孤立しているように見える。最高の戦闘員たちをバフムートの戦いに投入せざるを得ない中、ISWは国防省がワグネルを利用して過酷な消耗戦を伴うバフムート制圧を遂行させ、従来のロシア軍の温存を図っているとの見方を示す。
モスクワのエリートも、プリゴジン氏の苦境を察知しているようだ。
13日、クレムリンとつながりのあるシンクタンクのメンバーでコメンテーターのアレクセイ・ムキン氏は、SNSのテレグラムへの投稿でプリゴジン氏について、政治的野心を抱いていると非難。司令官としても無能で、軍を批判することによって自らの不手際をごまかしていると主張した。
プリゴジン氏はこれに反論。「政治的野心など全くない。頼むから弾丸を与えてほしい」と訴えた。
自走式榴弾砲でバフムート近郊を移動するウクライナ軍の兵士=3月8日撮影/Lisi Niesner/Reuters
仮にワグネルがほぼ壊滅状態になり、バフムート制圧も果たせなければ、プリゴジン氏は自然と蚊帳(かや)の外に置かれることとなりそうだ。
クレムリンの動向に目を光らせるマーク・ガレオッティ氏が英誌スペクテイターに寄稿した内容によると、プーチン氏は政界での地位を上げようとする取り巻きらについて、結果を約束する間はある程度の自主性を与えるものの、失敗した場合は簡単に見捨てるという。
つまりプリゴジン氏にとっては、バフムートでの戦いに全てが懸かっている状況だといえる。
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本稿はCNNのティム・リスター記者による分析記事です。