巨額の選挙費やへき地での投票、「世界最大」の選挙を解説 インド
(CNN) 「世界最大級の選挙」が週内にスタートする。インドの将来を左右しかねない、過去数十年でもっとも重要とみられる総選挙で最初の投票が行われようとしている。
果たしてナレンドラ・モディ首相(73)は異例の3期目を迎えるのか。10年続いた右派のインド人民党(BJP)政権は継続するのか。その答えを握るのは10億人弱の有権者だ。
インドはモディ政権下で、世界で最も急速に成長を遂げた主要経済国となり、人口14億人を抱えるインドは超大国の地位に近づいた。
だが同時に、インドでは宗教間の分断がますます深まっている。モディ政権がさらに5年継続すれば、モディ氏率いるBJPは引き続き、インドを世俗共和制からヒンドゥー至上主義へと変える権限を与えられることになると批判する声もある。
以下、人類史上最大の選挙について知っておくべきことを見ていこう。
インドの投票方式
インドの総選挙は民主主義の一大行事だ。実施のプロセスも大がかりで、完了までに1カ月以上を必要とする。
有権者は約9億6800人。米国と欧州連合(EU)、ロシアの人口を合わせたよりも多い。
これだけの有権者がいるため、全員がたった1日で投票するわけではない。代わりに4月19日から6月1日まで、7段階に分けてインド各地で投票が行われる。インド国内28州と八つの連邦直轄領の票はすべて6月4日に開票され、選挙結果が公表される。
複数政党が乱立する単純小選挙区制の下、「ローク・サバー」と呼ばれる下院議会の全545議席のうち543議席が決定する。残る2議席はインド大統領が選出する。
過半数の議席を獲得した政党が政権を握り、当選候補者の中から首相を任命する。
投票する有権者=2019年、ハイデラバード/Noah Seelam/AFP/Getty Images
モディ氏の対立候補
モディ氏およびBJPは依然として圧倒的な支持を誇り、次期5年間もモディ氏が首相に就任するだろうというのが大方の見方だ。
モディ氏が最初に首相に就任したのは2014年。経済発展と汚職撲滅を公約に掲げて勝利を収め、過半数を得た。社会福祉改革を実現した点が評価され、19年も快勝して2期目に就任したが、この時は「ヒンドゥー教ナショナリズム」をより明確に打ち出していた。
この時の選挙の投票率はインド史上最多の67%以上だった。
BJPの最大ライバルがインド国民会議派だ。インドの独立から約77年間政権を握ってきたが、現在は精彩を欠いている。
モディ氏の再選を阻むべく、国民議会派は主な地方政党を含む各野党と同盟を結んだ。「インド国家開発包括同盟(INDIA)」は、先月末に「民主主義の救出」を掲げて選挙運動をスタートした。
インド政界の寵児(ちょうじ)、ラフル・ガンジー氏が国民会議派の顔だ。その他、「庶民党」党首でデリー首都圏政府首相を務めるアルビンド・ケジリワル氏などが主な顔ぶれだ。
地方の有力候補者には、西ベンガル州首相で「全インド草の根会議派」の党首を務めるママタ・バナジー氏、南部のタミルナドゥ州首相のムットゥベール・カルナーニディ・スターリン氏がいる。モディ氏がいまだ突破できずにいる二つの州で、それぞれ両氏がBJPの勝利を阻もうとするだろう。
選挙集会で支持者に語りかけるモディ首相=6日/Himanshu Sharma/AFP/Getty Images
対立野党の勢力
INDIAでは内輪もめが続いており、いずれの政党からもいまだ首相候補を擁立できていない。専門家によれば、モディ氏が放つスター性や魅力に対抗するのに苦慮している。
野党連合は、モディ氏の対立候補の弱体化を狙ったとするBJPからの圧力をかけられている。
デリー首都圏首相のケジリワル氏をはじめ、著名な野党候補者は州当局から逮捕または捜査の対象にされている。野党勢力はこうした措置を政治的意図によるものだと非難している。国民会議派は連邦税当局から銀行口座を凍結され、追徴金2億1800万ドル(約335億円)の支払いを請求されたと主張している。
BJPは政治介入ではないと否定した。
一方モディ氏が再選すれば、インドでもとくに影響力が強く、任期の長い指導者の一人として名を連ねることになる。
モディ氏率いるBJPと連立政党は、今回の下院議員選挙で400以上の議席獲得を目指している。インドの憲法を改正するに十分な数字だ。19年で確保した絶対多数をさらに確固にすることにもなる。前回の総選挙でBJPが獲得したのは303議席、対する国民会議派は52議席だった。
国民会議派のラフル・ガンジー氏/Sanjeev Verma/Hindustan Times/Getty Images
主な争点は
インドは世界最大の民主主義国だが、専門家によれば、ポピュリストのモディ氏は10年にわたるBJP政権で民主主義的な制度に対する支配を強めてきた。
少数民族、とりわけインドで暮らす2億人のイスラム教徒は、BJPのヒンドゥー教ナショナリズム政策で迫害に遭っている。
モディ氏に関しては、独立系メディアへの弾圧など、批判的な意見をつぶしてきたとの批判もある。毎年発表される報道の自由度に関する番付で、インドは14年に180カ国中140位だったが、昨年は161位に転落した。
イスラム教の記念碑の破壊に始まり、古代イスラム教指導者が築いた都市の改名、歴史の教科書の改訂にいたるまで、モディ氏の支配でインドは独立当初の世俗主義的価値観から、ヒンドゥー至上主義国家へと様相をがらりと変えた。BJP政権の続投となれば、インドはさらにこうした方向へ歩みを進めるだろうと専門家は言う。
インド人民党、国民会議派、大衆社会党のシンボルが描かれた旗/Nasir Kachroo/NurPhoto/Getty Images
モディ氏の支持者は同氏の経済的手腕を買っている。インドは急速に経済力を拡大し、21世紀に超大国の仲間入りをすると見られている。また歴史を塗り替えた月面着陸とともに、主要20カ国・地域首脳会議(G20)の議長国を務めるなど、国際舞台でのモディ氏の存在感が近代大国としてのインドの地位を確固たるものにしたと支持者は言う。
モディ氏は主な公約をいくつも実行してきた。その最たる例が、聖都アヨディヤに建てられたヒンドゥー教の寺院「ラム・ジャンマブーミ・マンディール」の落成式だ。議論の的となっている寺院は、破壊されたバーブリー・モスクの跡地に建てられた。
だがインド経済が活況の中、世界最多の人口を抱える国は大勢の若者に十分な雇用を生み出せず、数百万人が労働市場に参入できずにいる。23年末時点での20~24歳の失業率は44.4%と驚くべき数字だ。
農業従事者の存在も近年与党の悩みの種として浮上している。農作物の公定買い取り価格の引き上げなど、農業の経済的福祉の保護強化を訴える農業従事者の抗議デモも絶えない。
農業はインド人口の約55%の生計を支える主要産業だ。すでに農業従事者は、力でねじ伏せようとするモディ氏に不評だった農業政策を撤廃させた。
党のシンボルと標高4500メートルの投票所
インドの選挙は世界でもっとも高額とも言われ、その規模は米大統領選挙をしのぐほどだ。デリーを拠点とするメディア研究センターによると、19年の選挙では各政党、候補者、規制当局あわせて選挙費用は86億ドルにのぼったという。今年はこの数字をはるかに上回ると予想されている。
ヒマラヤ山脈の高峰から、インド中部の人里離れた森林まで、全国100万カ所以上の投票所で電子投票が行われる。1500万人前後の選挙委員が配置され、車、船、らくだ、電車、ヘリコプターを経由して、全ての有権者に接触する。
中国と国境を接する北部ヒマチャルプラデシュ州のタシガンは標高1万5256フィート(4560メートル)の村で、22年に州議会選挙が行われた際には「世界最高峰」の投票所が設けられた。
19年の総選挙では8000人以上の候補者が出馬。今年はまだ候補者は出そろっていないが、六つの全国政党と70以上の州政党を含む2700以上の政党が下院議会の議席をかけて戦うことになる。
電子投票のための機器を運ぶ係官=2019年4月/Biju Boro/AFP/Getty Images
各政党には選挙管理委員会からシンボルが割り当てられ、投票用紙にも記載される。数十もの政党を差別化するとともに、国民の約25%が読み書きできないため、有権者にとっても候補者が選びやすくなる。
こうしたシンボルはシーリングファンや櫛(くし)、マンゴーなど、日常生活で目にするものばかりだ。
与党BJPのシンボルは蓮(はす)の花で、国民会議派は上に伸ばされた手のひら。ケジリワル氏が所属する庶民党は、汚職一掃を掲げた街頭抗議運動をルーツとしていることからほうきがシンボルになっている。