(CNN) イスラム組織ハマスとの戦争が勃発して以来、イスラエル戦時内閣では戦争の遂行と優先順位を巡って分裂と意見の相違がくすぶっていた。
7カ月にわたる紛争が新たな段階を迎えるとみられる中、そうした分断はついに沸点に達し、辛辣(しんらつ)な批判がさらに表面化し、3人で構成される戦時内閣の1人が最後通牒(つうちょう)を突きつけた。
昨年10月のハマス奇襲事件を受けて戦時内閣に加わった国民統一党のベニー・ガンツ党首は20日、6項目からなる計画を6月8日までに受け入れるよう要求した。計画には捕らわれたイスラエル人の解放、ハマスの解体、ガザ地区の非武装化が盛り込まれている。
またガザ地区の新たな統治機構の確立も挙げられている。具体的には、パレスチナ自治政府議長の「(マムード・)アッバス氏やハマスに代わる、別の選択肢として将来の基盤を構築する」「米国、欧州、アラブ諸国、パレスチナの連合行政府」を樹立するというものだ。
ガンツ氏の計画には、イランが支援するレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラからの攻撃で家を追われた住民の帰還に加え、他の国民と同様に超正統派ユダヤ教徒も徴兵の対象とすることも盛り込まれている。後者はイスラエル内閣の宗教右派にとって越えられない一線となっている。
戦時内閣のメンバーのひとり、ガンツ前国防相/Amir Levy/Getty Images
次期イスラエル首相候補の筆頭と目されているガンツ氏は、ベンヤミン・ネタニヤフ首相への公の場での批判の中で「イスラエルの安全保障でもっとも神聖な部分を、個人的・政治的思惑が侵食し始めた」と述べた。
「ネタニヤフ氏が国を奈落の底に導く道を選ぶなら、我々は政権から離脱し、国民に問いかけ、真の勝利をもたらすことができる政府を樹立する」「軍事作戦遂行の行き詰まりを、統一という名でごまかすことはできない」とガンツ氏は続けた。
こうした批判は数時間のうちに広まり、イスラエル政情の亀裂と政権内に広がる個人間の敵意が明るみになった。
首相府はこれに反論し、「ベニー・ガンツ氏が提示した条件はきれいごとだ。戦争の終結とイスラエルの敗北、人質の大半を見捨て、ハマスを野放しにし、パレスチナ国家を樹立させることを意味しているのは明白だ」と声明を発表した。
極右の閣僚、イタマル・ベングビール国家安全保障相はガンツ氏について、「指導者としては小物だが、詐欺師としては大物だ。戦時内閣に加わった瞬間から内閣解体が主なねらいだった」と発言した。
さらに「政府の解散と引き換えに超正統派の徴兵に関する合意を持ちかけながら、今さら責任追及のスローガンを叫ぶような人間は誰であれ偽善者のうそつきだ」と続けた。
野党指導者のヤイル・ラピド氏は別の立場からガンツ氏に行動を迫った。
「記者会見や中身のない最後通牒はもうたくさんだ! ガンツ氏が内閣でぐずぐずしていなかったら、とっくにネタニヤフ氏とベングビール氏の次の時代を迎えていただろう」(ラピド氏)
政権を批判する集会に参加した野党指導者のヤイル・ラピド氏=18日、イスラエル・テルアビブ/Guez/AFP/Getty Images
激しい批判を浴びせたのはガンツ氏だけではない。戦時内閣の3人目、ヨアブ・ガラント国防相も先週、戦争が勃発した時点で下すべきだったという決断について言及した。「イスラエルによるガザ地区の軍事統治には賛同しない。イスラエルはガザで文民統治を行うべきではない」とも発言した。
打ち砕かれた統一という幻想
こうした内輪もめを背景に、イスラエル軍の部隊は作戦がどんな形で終わりを迎えるのか、戦場に沈黙が訪れた後はどうなるのかもわからぬまま、ガザ地区で戦闘を続けている。
ガンツ氏自身も18日の発表でこの点に触れ、「イスラエル兵は前線で最大限の勇気を発揮している。彼らを戦場に送り出した人間の一部は、臆病で無責任なふるまいをしている」と述べた。
イスラエルでは19日、戦争の初期段階に戦時内閣で醸成された統一という幻想が打ち砕かれたとのコメントが相次いだ。
地元紙エルサレム・ポストは20日、「首相が国益よりも政治的生き残りを優先していると公の場で初めて批判し、内閣残留の期日を初めて明確に設定した」点で、ガンツ氏の発言は注目に値すると報じた。
ジャーナリストのアンシェル・フェファー氏は地元紙ハアレツの記事で、ガンツ氏のスピーチライターは「この数カ月、戦時内閣の分裂について漏れ聞こえていた多くの声を使い回ししたにすぎない」と書いている。
ネタニヤフ氏の非公式の伝記「Bibi: The Turbulent Life and Times of Benjamin Netanyahu(原題)を執筆したフェファー氏によれば、政治的混乱の1週間が終わってふたをあけてみれば、「戦時内閣のメンバー2人が残る1人のネタニヤフ氏に、7カ月半続く戦争で何の戦略もない責任を公の場で追及した」形だ。
こうしたことがありつつも、現状維持が続く可能性があるというのがフェファー氏をはじめとする専門家の意見だ。なぜならネタニヤフ氏にとって、戦時内閣におけるガンツ氏とガラント氏の存在は、極右の閣僚メンバーから身を守る盾になるからだ。
ネタニヤフ政権に対する抗議デモ/Leo Correa/AP
極右の閣僚の中にはガザ地区にイスラエル居住地を再建し、北部でより一層厳しい対応を望む者もいる。ハマス解体後にガザ地区のイスラエル軍事統治を望むベザレル・スモトリッチ財務相は19日、ヒズボラのミサイル攻撃が続くようであれば、イスラエル軍がレバノン南部に侵攻して警戒区域を設けるべきだと訴えた。
ガンツ氏が18日夜、ネタニヤフ氏に送ったメッセージは、「私は今夜、あなたの目を見て伝える。選択肢はあなたの手に握られている」だった。
ガンツ氏によれば、すでに審判の時は訪れた。
本当にそうだろうか。今後3週間、妥協でなんの変化もなく戦時内閣が継続するのではないだろうか。ガンツ氏は連立政権のメンバーではないため、戦時内閣から撤退しても自動的に連立解散とはならない。
だが、ネタニヤフ氏はこれまで以上に極右の閣僚からの要求にさらされることになるだろう。
こうした中、イスラエル国内では抗議活動が連日のように行われている。直ちに総選挙を訴えるものから、人質解放を絶対的な最優先事項にするべきだという意見、ガザ地区への追加人道支援の停止を望む声までさまざまだ。一方イスラエル軍はガザ地区の北部、中部、南部で戦い、軍事作戦がこれまででもっとも厳しい段階を迎える可能性に備えている。
◇
本稿はティム・リスター記者の分析記事です。