東部ウクライナ(CNN) ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は先週、和平交渉に前向きな姿勢を示した。だが大きなただし書きが影を落としていることを忘れてはならない。ウクライナや西側諸国が過去に味わったロシアの外交戦術がのしかかっていることも。
ロシアは今月ウクライナ・ハルキウ北部から3度目となる攻撃を仕掛けたが、24日は和平交渉に関する話題で持ちきりだった。
ロイター通信はロシア事情に精通したベテラン記者2人を含む4人の情報筋から聞いた話として、ロシア政府が和平交渉を前向きに検討する用意があると伝えた。ロシアが現在占領しているウクライナ領土の約5分の1を維持するという。
こうした報道に対してプーチン氏も、ロシアは先の合意に基づいて和平協議に臨むつもりだと示唆した。同氏が示唆するのは、侵攻直後の2022年にトルコ・イスタンブールで決裂した交渉だ。決裂の理由は主に、当時ロシア軍がウクライナ領土で軍事作戦を続けていたことや、ウクライナ首都キーウ周辺の大量殺戮(さつりく)が明るみになったことなどが挙げられる。
ロイター通信の報道で浮上した和平の道は、ロシア政府がかねて表明していたドネツク州東部の完全制圧という目標には至っていないものの、絶対に領土を渡さないというウクライナ政府の主張を退けるものともなる。
重要なカギを握るのが、プーチン氏の発言が行われた背景だ。今回の発言はベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領を訪問した際に行われた。以前はロシアがベラルーシの領土を利用してウクライナに軍事攻撃を仕掛ける直前にもこうした発言が出た。24日のベラルーシ訪問は両国が戦術核兵器を使った合同軍事演習を行うさなかの出来事だった。プーチン氏が和平を持ち出したのは、よりによってこうした状況だった。
プーチン氏はウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領の正統性にも疑問を呈した。ロシア政府から度々非難を受けているゼレンスキー氏は大統領選挙の延期を余儀なくされたが、それもプーチン氏が仕掛けた戦争のせいだ。確認は取れていないものの、ウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ元大統領がプライベートジェット機でベラルーシに到着したという報道もある。親ロシア派のヤヌコビッチ氏は14年、ウクライナから亡命。亡命前には大統領に忠誠を誓った軍がキーウ中心地で抗議デモ参加者数十人を射殺していた。プーチン氏とルカシェンコ氏の会談中にヤヌコビッチ氏が同席した可能性があることから、ロシア政府がウクライナで代理勢力を政権に復権させようと画策しているのではという臆測が広がった。
全面ないし一部占領には至らずとも、ロシア政府の比較的残忍ではない目標は、ロシアに忠実な人物を大統領に擁立して、ウクライナが欧州連合(EU)および北大西洋条約機構(NATO)に歩み寄るのを阻止するというものだ。こうした画策は決裂に終わった22年のイスタンブール交渉の際にも浮上した。だがロシア政府による凄惨な攻撃に怒りをたぎらせる市民にこうしたことを押し付けるにはロシアの占領軍が必要となるだろう。
ではなぜ今、とりわけロシア軍が前線で、侵攻以来とは言わないまでも数カ月来で最大の成果をあげている中、和平交渉の話題が持ち上がったのか。
ロシア政府にとって、外交はつねに軍事手段のひとつだ。15年にはシリアで反政府勢力の支配地域に対して戦闘機による攻撃を行うなか、和平を持ち出した。同じ年、ウクライナの戦略拠点デバルツェボで勃発した戦闘でロシア軍の部隊と代理勢力が全面侵攻を行っている時もウクライナと和平交渉に臨んだ。
交渉の際にロシアの誠実さを疑うのはシニシズム(冷笑主義)からではなく、現実的な必要性からだ。これまでの経験でも明らかなように、暴力を伴わずひょうたんから駒が期待できる場合、または敵に戦闘停止の大義名分を与えて取引を促すことができる場合、ロシアは和平交渉を進める価値があるとみなす。
おそらく二つの理由から、今回ロシア政府は和平交渉を持ち出していると考えられる。ひとつは6月にスイスで行われる平和サミットだ。そこではウクライナと同盟諸国が一堂に会し、ウクライナにとって受け入れ可能な交渉内容をロシア抜きで話し合う予定だ。最終的にロシア軍が疲弊する、または戦況が膠着(こうちゃく)状態に陥った際に、ロシア政府に逃げ場を与える機運を整えておく狙いもあるだろう。
ゼレンスキー大統領は以前から中国のサミット出席を希望すると発言してきた。ロシアにとって中国は最も影響力のある同盟国だが、ウクライナ戦争では限定的な支援にとどまっている。プーチン氏が今になって和平を持ち出したのは、ロシア不在の中、ロシアに関する外交協議に参加しないよう中国政府を牽制(けんせい)しているのかもしれない。スイスの平和サミットで戦争終結に至る現実的な可能性はほぼゼロだが、殺戮を終わらせるためにウクライナが領土の一体性で追わなければならない痛みを精査した結果、実際に和平交渉に臨んだ場合にロシアがどれほど深刻な脅威となるかが、西側諸国の間で具体化するかもしれない。
ロシア軍はウクライナ軍の弱点を突き、ハルキウ州で前進を続けている/Valentyn Ogirenko/Reuters
ウクライナのドミトロ・クレバ外相は24日、プーチン氏が和平交渉をほのめかした直接的な狙いはサミットへの妨害行為だと語った。「今のところプーチン氏には、ウクライナへの攻撃を終わらせる気はさらさらない」とクレバ氏はX(旧ツィッター)に投稿し、プーチン氏がスイスのサミットを「ここまで恐れているのも、こうした理由からだ」と続けた。
もうひとつ、最も重要な理由は、西側諸国および現在進行中の米大統領選にメッセージを発信することだ。おそらくプーチン氏は欧州のポピュリスト勢力、あるいは米共和党の「MAGA(米国を再び偉大に)」勢力に向けて、オブラートに包みながら、単純明快な交渉案が用意されていると伝えようとしている。甚大な死傷者を出しながら失われつつあるウクライナの前線をたちまち凍結することになりかねない交渉案だ。
西側の戦争支援は高くつき、世論の支持も次第に薄れている。とはいえ、1年近く議会での論争の犠牲になっていたこの問題も、先日610億ドル(約9兆5600億円)相当の追加支援が米下院で可決されたことで落ち着くかもしれない。
ロイター通信の報道により、戦争終結を望む西側諸国の人々は、ロシアが戦争を即時終結するのではと信じるようになる。ロシア政府のドミトリー・ペスコフ報道官の発言からも、ロイター通信の報道は従来のロシアの立場を反映している印象だ。だが結局のところ、西側の主要人物の耳には新鮮かつ興味深く響いているようだ。ドナルド・トランプ前米大統領は自分なら24時間で戦争を終わらせられると豪語しているが、具体的な案の説明には至っていない。NATO加盟国の中には、交渉の席でロシアを疑ってかかる必要性をフランスや英国、バルト諸国ほど強く感じていない国もある。
プーチン氏は現実主義者だ。戦争を始めたのも、たやすく勝利できると踏んだからだ。戦闘を継続しているのも、痛みを受け入れ、専制主義的な安全保障の下でじっと耐え忍べば、勝利がもたらされると踏んでいるからだ。現時点ではプーチン氏の読みは正しいかもしれない。選挙を抱える米国や欧州諸国の隙を見て、今こそ外交の出番だぞとあいまいかつオブラートに包んだメッセージを発信している。
こうしたメッセージは、何が何でもウクライナ戦争の終結を望む人々や、我が物顔の超軍事大国ロシアが東欧のNATO加盟国に生存の危機をもたらしてきたことなどお構いなしの人々からは、いくらか支持されるだろう。だがロシア政府がシリアやウクライナで展開した外交政策をふまえ、十分疑ってかかるべきだろう。ロシアは平和が目前に近づいているというまやかしの状況を作りながら、従来の軍事目的を徹底して追求するタイミングとしても利用していた。
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本稿はCNNのニック・ペイトン・ウォルシュ記者による分析記事です。