ANALYSIS

勝ち目なし? それでもスナク英首相が総選挙に踏み切った理由

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総選挙の実施を発表するスナク首相=22日、英ロンドンの首相官邸前/Maja Smiejkowska/Reuters

総選挙の実施を発表するスナク首相=22日、英ロンドンの首相官邸前/Maja Smiejkowska/Reuters

ロンドン(CNN) 英国のリシ・スナク首相が、7月4日に総選挙を実施すると発表した際、世間ではなぜこのタイミングなのかと首をかしげる意見が多かった。

もっと踏み込んで言えば、負けることがほぼ確実な総選挙になぜ踏み切ったのか。もう何カ月もスナク氏率いる与党・保守党は世論調査で野党・労働党に大きく引き離されている。現在のところ労働党のキア・スターマー党首は政権を握るだけでなく、議会でも圧倒的過半数の議席を獲得する勢いだ。

答えは簡単、これ以上最良なタイミングは望めそうにもないからだ。スナク氏のやることはことごとく裏目に出ているように見える。年内にスナク氏の支持率がさらに下がるのもあり得ない話ではない。

スナク氏にとって、この数日は比較的いい風が吹いた。景気は回復傾向にあるように見え、国際通貨基金(IMF)も英経済の成長見通しを上方修正した。インフレ率もようやく通常レベルに近いところまで戻ってきた。

この1週間ほど、総選挙を宣言するまで壊滅的な出来事は何もなかった。おそらく選挙戦のスタートを切るには、水準は低いものの、首相就任以降もっとも安定した状態といえるだろう。この先もこれ以上の安定は見込めまい。

CNNの取材に応じた首相上級顧問はこう語る。

「首相はインフレ、不況、移民など、一連の重要課題に見舞われる中で就任した。こうした課題に取り組むことが第一の使命だと考えていた。この点について首相は間違いなく目覚ましい成果を上げた。IMFは21日に我が国の経済成長の見通しを引き上げ、23日にはインフレ率も通常のレベルに戻った。24日には改革が功を奏して移民の数が減少した」

「状況が正しい方向に向かっていると言える堅固な基盤が整った。今こそ国民に向かって『我々はこれだけの成果を上げた、我々の計画は上手く言っている。計画に沿って、この国をより確かな未来へと導く大胆な行動を起こすのは誰だろうか』と問うの最適な時期だと考えた」(首相上級顧問)

憲法の規定でも、スナク氏は年内に総選挙を実施しなければならない。決定を先延ばししていたために、野党からは世論と対峙(たいじ)するのを恐れた臆病者扱いされていた。

当然ながら、英国ではずいぶん前から選挙を求める雰囲気が漂っていた。もう何年も保守党は外部から、でくの坊と見られている。

保守党政権は幸先よくスタートしたわけではない。労働党政権が13年続いた後、2010年にデービッド・キャメロン氏が総選挙で勝利を収めたが、議会で過半数を占めるには至らず、中道の自由民主党と連立を組まざるを得なかった。

周囲の予想に反してキャメロン氏は連立を維持し、15年の総選挙では意外にも過半数の議席を獲得。1997年以来初めて完全な形での保守党政権を実現した。

祝杯は長続きしなかった。2016年に実施された欧州連合(EU)離脱を問う国民投票で保守党は真っ二つに割れ、その後4人(!)の後継者は政権運営が不可能に近い状態だった。トップバッターはテリーザ・メイ氏だった。

解散総選挙は失敗に終わり、党内からの反対でEU離脱交渉案を可決することができず、メイ政権は終わりを迎え、代わって19年にボリス・ジョンソン氏が後を引き継いだ。だが新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)期間中に首相官邸で開いた違法パーティなどスキャンダルが重なり、せっかくの議会での過半数もふいにして、22年に辞職を余儀なくされた。

工場見学をするスナク首相(中央)=23日、ウェールズ南部/Henry Nicholls/AFP/Getty Images
工場見学をするスナク首相(中央)=23日、ウェールズ南部/Henry Nicholls/AFP/Getty Images

後任のリズ・トラス氏は45日間の任期で余りある経済的混乱を引き起こし、英通貨ポンドの対ドル相場は過去最低水準にまで落ち込んで、金利とインフレ率の上昇を招いた。結果的に保守党は混乱で手一杯の中、信頼できる人物としてスナク氏を首相の座に据えた。

スナク氏が信頼できたかどうかは議論の余地がある。任期中の功績に関する保守党情報筋の言い分はさておき、支持率が惨憺(さんたん)たる数字なのは否めない。

不法移民をルワンダに送還し、現地で亡命申請の手続きを進めるというスナク氏肝いりの移民政策は、すでに膨大な費用がかさんでいる。それにもかかわらず、実際に渡航したのはたった1人、それも自発的で、そうするよう政府の金を与えられた1人だけだ。

世界に先駆けて提出したたばこ販売禁止法案は、保守党議員の賛同を得られず大きな汚点となった。総選挙に伴い、法案はしばらく棚上げにされている。

この二つはスナク氏の風向きの悪さを示す最近の例だ。だが同氏を取り巻く最大の痛手は、世間から負け犬のように見られ、党内からもほとんど信頼されていないと思われている点だ。事実や数字やコメントをどんなに並べても、同氏の周りにプンプン立ち込める紛れもない失敗のにおいは変えようがない。政治では、こればかりは避けられないという印象が大きく影響する。スナク氏にとって、選挙での敗北は避けられないように思われる。

もちろん絶対そうとは言えない。世論調査が間違っている可能性もあるし、保守党が上手く立ち回る可能性もある。

保守党は労働党のスターマー氏対スナク氏というわかりやすい個人対決の構図を打ち出している。スターマー氏は国家安全保障の点で信頼できず、理念も計画もない恥知らずのポピュリストだというのが保守党の主張だ。

そうしたメッセージを強調するには、おそらく今が絶好のタイミングだろう。労働党は大至急マニフェストを策定しなければならないが、コメンテーターから酷評されるのは避けられないだろう。スナク氏が総選挙を渋っていた分、労働党には党内態勢を整える時間的余裕があったというのに。

スナク氏が混乱を引き継いだことは否めない。今のところ、同氏がこうした混乱をきれいさっぱり片づけて、保守党政権の続投を実現する可能性は低そうだ。だが目前のハードルの高さを考えれば、朗報続きの貴重な機会に乗じ、最善の結果に期待するのも納得できる。

本稿はCNNのルーク・マクギー記者による分析記事です。

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