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プーチン氏が3年間待った瞬間が到来、ゼレンスキー氏は蚊帳の外

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1月14日、キーウでドイツの国防相と会談するウクライナのゼレンスキー大統領/Tetiana Dzhafarova/AFP/Getty Images

1月14日、キーウでドイツの国防相と会談するウクライナのゼレンスキー大統領/Tetiana Dzhafarova/AFP/Getty Images

(CNN) ウクライナのゼレンスキー大統領はこの3年間、部屋の中心にいた。だが今やおそらく、自分が正しい部屋にいるのかどうかも分からない状況だろう。

ゼレンスキー氏はこれまで、暴走する独裁的なロシアに対抗する西側の共同戦線を象徴する存在だった。チャーチル元英首相を彷彿(ほうふつ)させる存在感で欧州を叱咤(しった)し、欧州の分断と買収に長年成功してきたクレムリン(ロシア大統領府)のトップに対抗する道義的な立場を取るよう促した。

だが、首都キーウで12日にベッセント米財務長官と並んだゼレンスキー氏の存在感は薄れていた。トランプ米大統領は7日、ゼレンスキー氏と直ちに会談する可能性を示唆しており、ゼレンスキー氏はトランプ氏と対面で和平の幅広いビジョンを協議したい意向だった。だが、代わってゼレンスキー氏の元を訪れたのは「まじめな人々」(ゼレンスキー氏)だった。富豪から財政当局者に転じたベッセント氏から提示されたのは主に金融面の取引で、ゼレンスキー氏は署名しなかった。

トランプ氏が別件、おそらく最近2度目となるプーチン氏との電話協議で忙殺されていたとの報道が流れたのは、ベッセント氏の短時間の訪問の最中だった。トランプ氏は8日、これ以前にもプーチン氏と協議していたことを明かしたが、クレムリンは正式確認していない。

ロシアに拘束されていた米国人マーク・フォーゲル氏(61)の身柄が予想外に解放されたことも、今回の協議の追い風になった。トランプ氏は星条旗を身に巻いたフォーゲル氏を出迎え、テレビを見ていた一般米国民の目にはクレムリンが姿勢を改めたことを示す完璧な映像と映った。ロシア人が米国人を帰国させてくれる善人なのであれば、ロシア政府と相応の取引をしない理由などあるだろうか?

ゼレンスキー氏にとってこの48時間は、熱に浮かされたような悪夢と病的な寝汗、震えの止まらない時間になった。欧州の指導者はこれまで、ゼレンスキー氏と写真撮影する機会を求め、老朽化した列車に1日揺られるのが常だった。それが今や、ゼレンスキー氏はトランプ氏の電話リストでプーチン氏に次ぐ2番手に甘んじている。ウクライナに対する戦争犯罪容疑で国際刑事裁判所(ICC)から刑事訴追され、自国民に毒を盛ることもいとわないプーチン氏より後ろなのだ。

2018年7月16日、ヘルシンキでの首脳会談に臨むトランプ米大統領(左)とロシアのプーチン大統領/Brendan Smialowski/AFP/Getty Images
2018年7月16日、ヘルシンキでの首脳会談に臨むトランプ米大統領(左)とロシアのプーチン大統領/Brendan Smialowski/AFP/Getty Images

トランプ氏とプーチン氏が何を協議したのか、詳細は知る由もない。だが、プーチン氏がこの瞬間を3年間待ち望んでいたことは確実だ。毎日数百人のロシア人が死亡する状況を許容する自身のグロテスクな姿勢が一転、西側の団結に亀裂を走らせる手段となり、北大西洋条約機構(NATO)加盟国が後ろ盾の米国から突き放される展開となる――。プーチン氏はそんな瞬間を心待ちにしていた。

流れをつくったのはおそらくトランプ氏とプーチン氏で、ゼレンスキー氏は事後的に報告を受けた。トランプ氏は大統領選のスローガンだった「コモンセンス(常識)」という表現をプーチン氏が使ったことを満足げに明かし、プーチン氏が引き続きトランプ氏を注意深く観察して歓心を買おうとしていることを示唆した。トランプ氏はゼレンスキー氏との会談に関する2度目の投稿の締めくくりに、「ロシアとウクライナの人々に神のご加護を!」という予想外の言葉を書き込んだ。

その数時間前、和平案の主な内容を巡るゼレンスキー氏の希望は、新たに就任したヘグセス米国防長官によって打ち砕かれていた。ウクライナがNATOに加盟することはない、ウクライナ国境が2014年の状態に戻ることはない、平和維持部隊は米国ではなく欧州などの部隊で構成される、欧州は自らの手で自分たちを守る必要がある――。最初の2点については既に分かっていた。ウクライナは2023年の反転攻勢で領土奪還に失敗しており、混乱を極める現状では今後10年でNATOの求める基準に達する見込みは乏しい。

だが、将来の平和維持部隊の構成は極めて重要だ。ゼレンスキー氏はこれまで、平和維持活動への米国の関与を公然と要求してきた。米国抜きの安全の保証は「無意味」だからだ。ヘグセス氏は間髪入れず、こうした幻想を打ち砕いた。米国が世界で最も過酷な戦場に格好の標的として自国民を投入する案など、全くもって非現実的だという理由で。

むしろ、我々が目にしている和平案の骨子は、米軍退役将官のキース・ケロッグ氏が昨年4月に提示した内容に近い。当時のケロッグ氏は民間人で、米国のウクライナ・ロシア担当特使ではなかった。ケロッグ氏は平和維持部隊に欧州の要員を充てることを提案。ウクライナはNATO加盟を諦めるべきだと説き、停戦も提案した(その後のインタビューでは、停戦後にウクライナで選挙が行われる可能性を示唆している)。そして重要なことに、対ウクライナ支援をウクライナ政府が後日返済する融資に変更すべきだとも述べていた。おそらくこの点が、12日のベッセント氏からゼレンスキー氏への提案に盛り込まれたのだろう。

ウクライナ東部ドネツク州でロシア軍の陣地に向かって砲撃する自走榴弾砲の隣で犬を抱くウクライナ軍の兵士/Evgeniy Maloletka/AP
ウクライナ東部ドネツク州でロシア軍の陣地に向かって砲撃する自走榴弾砲の隣で犬を抱くウクライナ軍の兵士/Evgeniy Maloletka/AP

12日のキーウではレアアースについても協議されたが、前例を踏まえると必ずしも良いニュースとは言いがたい。トランプ氏は2017年、数兆ドル規模とも言われるアフガニスタンの鉱物資源を理由に一時的にアフガン支援を検討したものの、そのわずか2年後にはイスラム主義勢力タリバンに政権を握らせる取引にサインした。

トランプ氏のアプローチの裏に、揺るぎない原則と高度な根回しが隠れていると期待する理由はある。トランプ氏とそのチームは明らかに水面下で協議を行っており、ケロッグ氏が以前策定した計画を具体化しているものと思われる。この計画には一定の規律が求められるが、最後までやり遂げるには勤勉さや狡猾(こうかつ)さ、忍耐も必要となる。プーチン氏にはそれが十分に備わっており、ウクライナで勝利すればプーチン氏自身の生存やレガシー、そして世界のパワーバランスが数十年にわたって決定づけられる。トランプ氏にとっては、ウクライナ戦争は大統領就任から24時間以内に解決できると思っていた問題、自身が22年に政権の座にあればそもそも始まらなかった戦争に過ぎない。

これはトランプ氏の優先事項でも、ゼレンスキー氏の優先事項でもない。トランプ氏の電話リストの筆頭にいる人物はプーチン氏だ。厳密には米国はウクライナで戦争状態にあるわけではないが、トランプ氏が和平を結ぼうとしている相手はプーチン氏なのだ。差し当たり、我々はこの点を知っておけば事足りる。

本稿はCNNのニック・ペイトン・ウォルシュ記者による分析記事です。

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