「管理不能」 誰も知らないチップの適正額
作家のウィリアム・スコットは16年、米国のチップ文化を痛烈に批判した著書「The Itching Palm」で、チップは「非米国的」だと述べ、「1人の人間がチップを与えて別の人間がそれを受け取るという行為は、主人と奴隷の関係ぐらい非民主的だ」と主張した。
だが38年に公正労働基準法が制定されたことで、サービス業の労働者にチップを払うことは事実上合法化された。法律で連邦最低賃金が定められたものの、レストランや飲食業の労働者は対象外とされていたからだ。そのため、こうした業界ではチップ制度がはびこる結果となった。
米国議会は66年、チップ制度で働く労働者を対象とした「最低賃金以下の賃金」を定めた。多くの州がチップ労働者の基本給増額を義務付けてはいるものの、チップ労働者の連邦最低賃金は91年から時給2.13ドルのままだ。一般労働者の連邦最低賃金7.25ドルを下回る。法律では、チップが連邦最低賃金に届かない場合、雇用主がその差を埋めなければならないとあるが、常にそうなるとは限らない。サービス業では賃金の窃盗や未払いは日常茶飯事だ。
米労働省は、「慣習的かつ定期的に」月30ドル以上のチップを受け取る仕事で働く人々を「チップ労働者」の分類対象としている。専門家の概算によれば、米国内のチップ労働者は500万人以上にのぼるとみられる。
チップのヒント
チップの額は完全に主観的なもので、業界によっても異なる。その上、コーネル大学のリン教授によれば、サービスの質とチップの額の関係性は驚くほど薄い。
リン教授の考えでは、レストランで15~20%のチップが一般的となった理由は、顧客間の競争サイクルにある。多くの人々は社会的承認を得るため、あるいはより良いサービスを期待してチップを払う。チップの水準が上がるにつれ、他の客も社会的地位の低下や劣悪なサービスを避けようと、チップを多く払うようになる。
仕事をネットで請け負う「ギグ・エコノミー」もチップの基準を変えた。2019年にマサチューセッツ工科大学(MIT)が発表した研究によると、労働者が働き方や働く時間について自主性がある場合、客はチップを払わない傾向にあることが判明した。シカゴ大学の19年の研究によると、ウーバー利用者の60%近くがチップを一度も払ったことがなく、常にチップを払っている顧客はわずか1%程度だった。
リン教授によれば、さらに事態をややこしくしているのが「チップの基準を定める中央機関が存在しないことだ。チップの基準は現場から生まれる。最終的には世間の慣習が、こうするべきだという行動規範を作っていく」。
レストランのスタッフやバーテンダーなど、最低賃金以下で働く人々にはほぼ毎回チップを払うべきだ、というのが活動家やチップの専門家の意見だ。
スターバックスのバリスタのように店員が時給制で働く場所でチップのオプションに遭遇した場合、客は自らの裁量で判断し、罪悪感は取り除くべきだとマナーの専門家は言う。チップは店員の収入の足しになるし、常にそうすることが望ましいが、断っても構わない。
マナーの専門家は、現金のチップ入れと同じ感覚でタッチスクリーンの選択肢に対処するよう推奨している。ふだんチップ入れに小銭や少額の現金を入れているなら、スクリーンにオプションが現れた場合も同じようにすればいい。
「テイクアウトの場合、一般的なチップの額は10%。1回の注文で小銭や1ドル札1枚だ」とリジー・ポスト所長は言う。不安な時は、店が勧める額を店員に尋ねてみるといい。
最低賃金以下の賃金制度の廃止を訴える団体「ワン・フェア・ウェージ」のサル・ジャヤラマン会長は、客にチップの支払いを呼びかけている。同会長は、チップは決して労働者の賃金に不利に働いてはならないし、客は最低賃金の全額支給を企業側に要請するべきだと言う。
「チップは払うべきだ。だがそれと合わせて、チップが最低賃金の穴埋めではなく、最低賃金に上乗せするものだと雇用主に訴えていかなくてはならない」(ジャラヤマン会長)