「管理不能」 誰も知らないチップの適正額
ニューヨーク(CNN) 決済の新たなトレンドが全米を席巻(せっけん)し、次第に居心地の悪い思いをするようになっている。「チップ入れ」のデジタル化だ。
コーヒー1杯、アイスクリーム1個、サラダ1つ、あるいはピザ1切れを注文して、クレジットカードや携帯電話で支払う。するとカウンター越しに店員がタッチスクリーンの端末を回して、こちらに差し出してくる。画面にはチップのおすすめ額が映っている。たいていは10%や15%、20%だ。自由に金額を打ち込んだり全く払わなかったりする選択肢が設定されている場合もある。
すぐ目の前には店員。後ろには順番待ちの列で、いらいらしながらも、自分がいくらチップを払うのか肩越しにのぞいてくる。瞬時に決断を下さなければならない。なんというストレスだろう。
今日、客と店員は数年前とはがらりと一変したチップ文化に直面している。しかも明確な基準は何もない。多くの客にとって、ウェーターやバーテンダー、その他サービス業の労働者にチップを払うのには慣れていても、バリスタやレジ係にもチップを払うのは新しい現象だろう。要因としてはテクノロジーの変化が大きい。おかげで経営者は以前よりもずっと簡単に、従業員の報酬を顧客に直接委ねることができるようになった。
「私にもチップの適正額はわからない。それが私の研究テーマだ」と言うのは、コーネル大学で消費者の行動とマーケティングを教えているマイケル・リン教授。米国のチップ習慣の研究では第一人者だ。
社会の流れが様変わりしていることに加え、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の際にはレストランや店舗の経営維持の助けになるだろうとの期待をこめて、惜しみなくチップを払うことが推奨された。スクエア社のデータによると、直近の四半期でフルサービスのレストランのチップ総数は前年同期比25%増、ファストフード系の店舗では17%増加したという。
パンデミック中はデジタル決済への移行も進んだ。店舗では現金を入れる従来のチップ入れに代わって、タブレット型タッチスクリーンが導入された。だが紙幣が数枚入ったチップ入れよりも、こうしたタッチスクリーンやデジタル決済でのチップの支払いのほうが押しつけがましいことがわかってきた。
客はチップの選択を迫られる場所が増えたことに圧倒され、心づけを払うべきか、どのぐらいの額が妥当かとプレッシャーを感じている。チップ文化と消費者行動を研究するマナーの専門家によれば、中には意図的にスクリーンの前から立ち去って、何もせずに決断を避ける人もいるそうだ。
チップの決断は心理的に負担がかかる場合もある。こうした新たな状況で、チップに対する反応は十人十色だ。
何の問題もなくチップを払う客もいれば、チップを払わないと申し訳ないとか、額が少ないと恥ずかしいと感じる人もいる。商品代金だけで十分高いのだから、5ドル(約680円)のアイスコーヒーにチップなど払わないと言う人もいる。
「思わぬ場所でチップの選択を迫られるようになったため、米国の人々はチップ文化が手に負えなくなったように感じている」と言うのはエミリー・ポスト研究所のリジー・ポスト共同所長だ。創始者のエミリー・ポスト氏の玄孫(やしゃご)にあたる。「チップを予想していなかったような時に人々は寛容さを失い、バツの悪さを覚える」
スターバックスは今年からチップのオプションを導入し、客がクレジットカードやデビットカードでチップを払えるようにした。スターバックスのバリスタの何人かはCNNにチップが給料の足しになると語ったが、客は必ずしも毎回チップを払わなければならないと感じる必要はない。
ワシントン州のあるバリスタは、ドリップコーヒー1杯でチップなしでも納得できると語った。だが、客との会話に時間をかけて要望通りに特別注文の1杯を作るような場合に「チップがないと少しがっかりする」。
「毎日スターバックスに通う余裕があるなら、そのうち少なくとも数回はチップを払えるはずだ」と、匿名希望の別のスタッフも付け加えた。
「非米国的」
いまやそこら中にチップのオプションがあふれているようだが、米国におけるチップの習慣は紆余曲折(うよきょくせつ)の歴史をたどってきた。
チップは南北戦争の後、解放された奴隷がサービス業に就いた際に賃金を安く抑える搾取的な方法として広まった。チップ対策でもっとも悪名高かったのが、鉄道会社のプルマンだ。同社は荷物運搬係として数千人の黒人を雇ったが、賃金が安かったため、労働者はチップで生計を立てることを強いられた。
チップに批判的な人々は、客と労働者の力関係が崩れると主張。1900年代初期には複数の州でチップを禁止する法律が可決された。