米中貿易戦争、勝者はメキシコ 製造業が活況

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
中国企業の工場で働く作業員/Marian Carrasquero/Bloomberg/Getty Images

中国企業の工場で働く作業員/Marian Carrasquero/Bloomberg/Getty Images

(CNN) 米国のサプライチェーン(供給網)が中国との「デカップリング(経済の切り離し)」を進める中、勝ち組として頭角を現しているのがメキシコの製造業だ。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)中にサプライチェーンの混乱を経験した企業、あるいは地政学的な不確実性を背景に米中貿易への依存度低下を望む企業にとって、メキシコの製造業は魅力的だ。

このように企業が製造拠点を自国市場に近い地域へ移転する動きを「ニアショアリング」と呼ぶ。

ニアショアリングが継続し、国際サプライチェーンの再編が進む中、米金融大手ゴールドマン・サックスで中南米経済調査部門トップのアルベルト・ラモス氏はCNNに、メキシコの製造業に長期的成功のチャンスが巡ってきたと語った。

ラモス氏によれば、メキシコと中国は米国の製造市場をめぐり長年ライバル関係にあったが、米中関係の転換を背景にメキシコが一歩抜き出ようとしている。

2023年、メキシコは対米輸出で中国を抜いて1位になった。米金融大手モルガン・スタンレーによると、こうした輸出を支えたのがメキシコ経済の40%を占める製造業だった。

米商務省が4月に発表した貿易統計によると、メキシコの対米輸入は2月も好調な伸びを見せた。一方、23年の中国の対米輸出は前年比20%減だった。

キャサリン・タイ米通商代表はCNNのジュリア・チャタリー記者とのインタビューで、米国経済はこれまで、サプライチェーンのために中国経済に過度に依存するようになったと語った。

「経済および貿易をいかに強靭(きょうじん)化するかが米国の課題だ。なぜなら従来の貿易慣習で現在米国のサプライチェーンは複雑化し、中国経済への集中化を招いてしまったからだ。サプライチェーンが脆弱(ぜいじゃく)であるために、極めて心もとない状況に置かれている」(タイ氏)

地政学的情勢と競争関係が変化する中、米中の企業はいずれもメキシコの製造業に活路を見いだしている。メキシコは労働賃金が安く、地理的にも米市場に近い。20年には北米通商の円滑化とコスト効率性を向上させる自由貿易協定「米・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」も締結された。こうした要因が好景気の期待に拍車をかけている。

製造拠点をどこにするか

米国が中国依存からの脱却と国内経済の「強靭化」を図る政策を打ち出す一方、サプライチェーンの変更は一筋縄ではいかないこともある。

実際のところ、米国が中国経済からの脱却を促せば、中国が新たな市場に進出して、米国から課せられた関税を回避することにもなりかねない。

メキシコの主要輸出品目である自動車が、実情を如実に物語っている。

メキシコは自動車工場が集まる国際拠点だ。ゼネラル・モーターズ、フォード、ステランティスなど十数社の米大手企業がメキシコに工場を構えている。

事実上全ての米自動車メーカーが車やトラックを製造するのにメキシコ製の部品に依存している。メキシコ製のほうが、米国で製造するよりも相当安上がりだからだ。

USMCAなどの自由貿易協定により、米国とメキシコ、カナダの企業は以前よりもずっと容易に北米間で自動車部品を輸送・売買することができる。

自由貿易と対極にあるのが関税政策だ。18年、米国は中国からの輸出品に対する関税を引き上げた。そのため米市場に流通する中国製品の価格が高騰し、企業の間では中国のサプライチェーン依存からの脱却が見られている。

米市場向けの自動車部品を製造する工場/Jose Luis Gonzalez/Reuters
米市場向けの自動車部品を製造する工場/Jose Luis Gonzalez/Reuters

自動車には数万個の部品が欠かせないが、部品を製造できる場所はいくらでもある。海上運賃指数と市場分析のプラットフォーム「ゼネタ」によると、メキシコの製造業が対米輸出を増やす一方で、中国企業は米国が中国製品に課した関税を回避する手段としてメキシコを利用している可能性がある。

ゼネタがコンテナ貨物流動統計を分析したところ、今年1月に中国からメキシコへのコンテナ貨物出荷量は前年比で60%近く増加した。

ゼネタのチーフアナリストのピーター・サンド氏は3月15日付の調査メモで、中国の対メキシコ輸出の急増は「現在見られる取引増加が関税を回避しようとする輸入業者によって引き起こされている」可能性を示唆していると記している。

ムーディーズ・アナリティクスが4月に公表した報告書にも、メキシコの製造業の輸出増を支えているのは国外で製造された物品による可能性があるとまとめられている。

S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスのカントリーリスクアナリスト、ホセ・エンリケ・セビージャマシップ氏とジョン・レインズ氏によれば、メキシコの対米輸出増加は「中国の対メキシコ輸出量の増加とほぼ同時期に見られ、密接な相関関係が見られる」という。

ゴールドマン・サックスのラモス氏によれば、経済的なインセンティブ(動機付け)が生産拠点をメキシコへ移し、関税を回避することにつながったという。「関税措置の背景となった政策目的の回避策だ」と同氏はCNNに語った。

米議会でも、中国製鉄鋼製品が米国の関税をくぐりぬけている可能性が議員の間で関心を集めている。バイデン政権はメキシコ政府の協力のもと、中国をはじめとする国々がメキシコ経由で関税を回避して鉄鋼やアルミ製品を米国に輸出するのを阻止するべく対応に当たっていると発表した。

タイ通商代表は2月にも、メキシコのラケル・ブエンロストロ経済相との会談で、「第三国」からメキシコが輸入した鉄鋼やアルミ製品について「透明性に欠けている」点を問いただした。

関税回避に対する懸念にはジョー・バイデン米大統領も反応を示している。こうした状況は11月の大統領選挙後も続くだろう。26年にはUSMCAの見直しが予定されている。

バイデン氏に加えて、対立候補のドナルド・トランプ前大統領も国内製造業の発展を目標に掲げているが、具体的な方策については両氏の間で意見が異なる。

バイデン氏は先日、ピッツバーグの鉄鋼業者を前に、政府が中国製鉄鋼への関税を3倍にする計画を検討していることを明らかにした。一方のトランプ氏は、再選したあかつきには中国輸入品への関税を60%にする案を掲げている。

「米大統領選の両候補者が自動車産業のさかんな中西部の重要な激戦州で勝ちを狙いに行く中、24年大統領選が進むにしたがって、米国とメキシコ、中国の貿易問題はますます争点になるだろう」とS&Pグローバルのセビージャマシップ氏とレインズ氏は語った。

段階的転換

サプライチェーンの転換が進む一方で、工場移転が同じようにすんなりいくとは限らない。時間から資金、人材に至るまで、膨大な投資が必要になる。だが先手を打ち始めている企業はメキシコ製造業に長期的なチャンスもたらしつつある。

「間違いなくモンテレイは活気に湧いている」。投資会社RBCのポートフォリオマネジャー、クリストファー・イネマルケ氏はメキシコ北部に位置するモンテレイ市について、そう述べた。先日現地を訪れた際には「現地企業や不動産の専門家と会って話を聞いた。ニアショアリングは複数年にわたってメキシコ、とりわけ北部の成長要因となる可能性が高いという意見だった」とCNNに語った。

例を挙げれば、米電気自動車(EV)大手テスラは昨年モンテレイに工場を新設すると発表した。テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は投資説明会で「とても楽しみだ」と述べ、新工場設立は生産拠点の移転ではなく、むしろ生産能力を上げるためだと付け加えた。

米テスラの進出を知らせる看板=メキシコ・モンテレイ/Julio Cesar Aguilar/AFP/Getty Images
米テスラの進出を知らせる看板=メキシコ・モンテレイ/Julio Cesar Aguilar/AFP/Getty Images

現地の雰囲気は盛り上がっているが、投資の大半が流入してくるのは先の話だとラモス氏はCNNに語った。

メキシコの対米輸出額は今後5年間で4550億ドル(約70兆円)から約6090億ドルに増加するだろうというのがモーガンスタンレーのアナリストの見解だ。

それによって、メキシコは中国企業にとっても魅力的な拠点となる。世界市場でマスク氏のテスラと肩を並べるEVメーカーのBYDも、メキシコでの大規模な拡張計画を2月に明らかにした。

現在のところBYD製のEVは米市場で販売されていないが、メキシコに生産拠点を移せばメキシコ市場にも容易にアクセスが可能になり、将来的に米市場に打って出る際の布石になる。

「中国の対メキシコ投資や輸出が、26年に予定されているUSMCA改訂の前に大きく取りざたされるのはほぼ確実だ」とセビージャマシップ氏とレインズ氏は言う。

だがそれまでは、モンテレイといった地域が今後も恩恵を受けることになる。

RBCのエネマルケ氏は、モンテレイでは「好景気と新たな活力の雰囲気にあふれている。これまでアジアを中心に産業都市を訪れてきたが、どこよりも盛り上がっていると感じる」と述べた。

「メキシコ」のニュース

Video

Photo

注目ニュース

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]