2006年、エルクホーンサンゴは米国絶滅危惧種保護法のもと連邦上の絶滅危惧種として登録された。1980年代以降、病気によって個体数が97%も激減したことが確認されたためだ。海水温度の上昇は最大の脅威だ。海水温度が上昇すると、サンゴは自身の内部に住み、栄養分を生成する共生藻を放出する。これがサンゴの白化と呼ばれる現象の過程となり、多くの場合サンゴは最終的に死滅する。
「世界中のサンゴが絶滅の危機に瀕(ひん)している」とオニール氏はCNNに語った。「今ではサンゴが元に戻れないかもしれないところまで来ている。夏が来るたびに海が発熱している状態で、何の影響もないとタカをくくることはできない」
「不可能だとわかっているだろう」
エルクホーンサンゴが抱える問題は不妊とよく似ている。エルクホーンの生殖は野生では散発的で、必要とされる個体数増加の維持が難しい。生殖率の低さゆえに遺伝子の多様性も極めて低くなり、病気にもかかりやすくなる。
「言うなれば、性交は上手くいっても、(自然界では)子どもはなかなかできない」とオニール氏は言う。「地球上の動物は皆こうしたことをしている。絶滅寸前のパンダやチンパンジーがいれば、まずは人工繁殖から始める。だがサンゴの生殖はものすごく変わっている」
オニール氏のチームにとって最大の難関は、ラボ環境でサンゴを産卵させるという前代未聞の挑戦だった。オニール氏いわく、他の研究者からは成功するとは思えないと言われたそうだ。
「周りからはたくさん批判された」と同氏。誰もが「水族館でサンゴは育てられない。それが不可能なことはわかっているだろう」と言った。
彼らは正しかった。始めのうちは。
エルクホーンサンゴは1年に1度しか産卵しない。2021年に行った実験では、ラボの環境を厳密に管理して自然の状態を再現した。LED照明を使って日の出や日没、月の周期を正確にまねた。だがサンゴは産卵しなかった。
「月の昇るタイミングが3時間ほどずれていたことに気づいた」とオニール氏。
そうした痛恨のミスを経て、同館の研究者は今年ははるかに成功の可能性が高いと感じていた。そして8月、米国海洋大気局(NOAA)再生センターと国立魚類野生生物基金の支援のもと、フロリダ水族館は研究者の間で不可能と思われていたことを成し遂げた。
フロリダ水族館で生まれた赤ちゃんサンゴの顕微鏡画像/Courtesy of The Florida Aquarium
米サウスフロリダ大学海洋科学カレッジのトップ、トーマス・フレイザー氏によれば、産卵成功は大変革を起こす可能性がある。気候変動が引き起こす急激な変化に対してサンゴが高い耐性を持つような未来につながるかもしれない。
「こうした研究はとても重要だ」とフレイザー氏はCNNに語った。「再生のために選別されたサンゴは、例えば海水温度の上昇や白化現象に対する抵抗力が高いかもしれない。より激しい波の力にも耐えうる骨格的特性や、病気などの環境要因に対抗できる特性を示すものになる可能性もある」
20年以上にわたってサンゴの再生研究に注力してきたサンゴ生態学者のマーガレット・W・ミラー氏は、20年にエルクホーンサンゴに関する研究論文を共同執筆した。研究ではアッパー・フロリダキーズに生息するエルクホーンサンゴの生殖率が極めて低いことが判明し、そこからすでに「機能的に絶滅状態」にあり、6~12年のうちに姿を消す可能性が示唆された。