OPINION

たとえ勝利しても、ワリエワ選手は敗れる

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15日のショートプログラムで首位となる高得点を記録したカミラ・ワリエワ選手/Catherine Ivill/Getty Images

15日のショートプログラムで首位となる高得点を記録したカミラ・ワリエワ選手/Catherine Ivill/Getty Images

(CNN) カミラ・ワリエワ選手は15日、北京冬季五輪フィギュアスケート女子ショートプログラムでトップのスコアをたたき出した。続く17日のフリーでは他の24選手と競い合う。出場選手の数は、当初資格を得るとみられていた人数より1人増えている。

エイミー・バス氏/Rodney Bedsole
エイミー・バス氏/Rodney Bedsole

枠を広げたのは、国際オリンピック委員会(IOC)による譲歩の一例に過ぎない。目的は1人のロシア出身選手を出場させて競技を終えることだ。禁止薬物の検査で陽性判定となったこの選手をめぐる動きは、全世界が注視している。

IOCと国際スケート連盟(この種目の統括団体)が登録選手を増やすのに先駆け、スポーツ仲裁裁判所(CAS)は15歳のワリエワ選手の出場を認めた。同選手については昨年12月のロシア国内の大会で、検体から陽性反応が出ていた。今回の裁定はワリエワ選手のケースに特化したもので、将来にわたる前例となるのかどうかは判然としない。ただCASは、同選手がその年齢から「被保護者」である点に言及。「極めて限定的な事実」の中で、「通知の遅れという深刻な問題」もあり、あらゆる自己弁護が妨げられたと指摘した。また出場が認められない場合は、同選手に「取り返しのつかない損害」が及ぶとの懸念も表明した。

しかし、ワリエワ選手の陽性判定についての事実は限定的なものかもしれないが、ロシアの運動選手とドーピングにまつわる事例は数多く存在する。不正スタートの反則を犯せば即失格となる陸上競技と異なり、ロシアの選手は何度となく競技の舞台に現れる。大掛かりな記録から、国際大会における国ぐるみの組織的な不正が発覚しているにもかかわらず。

ロシアに関して、遅いタイミングでの陽性判定にはCASが本件で行ったとみられる以上の精査がなされてしかるべきだ。ロシアに言い訳の余地はない。ある情報筋の主張のように、それがワリエワ選手の祖父の服用する心臓の治療薬で同選手のものではないのかどうかは関係ない。別の情報筋はそれらの薬物が図らずも混入した状態での検査だったと訴えているが、それが事実なのかも重要ではない。また薬物が同選手の演技にそれほどの影響を及ぼさないだろうとするコメントをロシア人ジャーナリストのワシリー・コノワ氏がソーシャルメディアに投稿したが、これも考慮すべき問題ではない。ロシアはこの五輪が始まる前から、言い訳のきかない立場だった。

スポーツ界におけるいかさま行為で知られた組織を相手にする場合、そこに説明の余地はない。ロシアは最大限の努力によって、「バフィー 〜恋する十字架〜」でいうところの「Big Bad」になっているように見える。つまり善玉がどれほど滅ぼそうとしても何度となく舞い戻ってくる悪役だ。地政学的な侵害行為をはたらきながらそれに対する制裁を明らかに軽んじるロシアは(現行の北京大会でさえ同国の選手たちは自国の旗の下で競技することができない。過去のドーピング違反を理由に科された罰則だ)、五輪でもその能力を執拗(しつよう)に発揮し、世界の懸念をあざ笑いつつ大会をぶち壊さんとする役回りを演じている。

CASは今回の件に関する事実を「限定的」とみなすかもしれないが、実際のところ我々がロシアのスポーツ界の仕組みについて知っていることは多い。その大規模かつ組織的なドーピング計画に関しても同様だ。世界反ドーピング機関(WADA)は2019年、ロシアを国際大会から4年間除外すると決定した。16年の内部告発者の訴えにより、ソチ五輪のメダリスト少なくとも15人がいわゆる「クリーン」ではなかったと明らかになったことを受けての措置だったが、効果は皆無とは言わないまでもほとんどなかった。WADAはいかなる選手であれロシアを代表して五輪やパラリンピック、世界選手権に出場することを4年間禁じたものの、CASがこれを2年間に短縮した結果、今年の12月にこの措置は期限切れを迎える。

はっきり言おう。WADAが除外を科して以降も、ロシア人選手らはすべての五輪の舞台で競技し続けてきた。IOCがロシアへの出場停止処分を下した後、複数のロシア人選手らは自分たちが腐敗したシステムの外にいたとCASに訴え、大会への出場を認められている。18年、こうした選手らは「ロシアからの五輪選手(OAR)」として冬季五輪の開会式で入場行進を行った。このうち、カーリングの銅メダリストを含む2人が薬物検査で不合格となった。北京大会では、彼らはロシア・オリンピック委員会(ROC)の選手たちという名目だ。今回はロシアの国旗と国歌の使用及び同国政府首脳の参加を認めないとする規定を軽んじ、開会式の入場行進はプーチン大統領が出席する中で行われた。選手たちのユニホームの袖には、ロシア国旗があしらわれてもいた。

CASが守ろうとする渦中の選手が若い女性なのは偶然ではない。ロシアのスケート界の原動力たるコーチ陣は、物議をかもす専制的な人物とも目されるエテリ・トゥトベリーゼ氏を中心に、若い女子スケーターを指導。これまで誰も達成していないジャンプを教え込み、自己ベストを更新させた後は速やかに身を引かせる。使い捨てにして、次の選手に出番が回るようにする。最近ではワシントン・ポスト紙やウォールストリート・ジャーナル紙が報じたように、数多くのメディアがトゥトベリーゼ氏の指導法に対する懸念を伝えている。

ポスト紙によると、同氏が選手たちに課す練習時間は1日12時間。また本人は次のように発言しているという。「13歳前後から指導する生徒たちに教えようとしているのは、練習に来て泣き言を言ってはならないということ。『疲れた。今は練習したくない。明日にしたい』などと弱音を吐いてはいけない。地図を見ればロシアがどれだけ大きい国か分かる。ロシア代表に選ばれ、国際大会に出場すれば、背中に『ロシア』の文字が入ったジャケットを着られる。ロシアが最高の選手として世界に送り出したからには、氷上で下手な態度はとれない。『今日は疲れている。そこまで素晴らしい滑りはできない。ロシア国民の期待に応えられそうもない』などと考えてはならない」

これは米国の体操選手らが味わった恐怖とは種類が違う。トレーニング施設の閉ざされた扉の向こうで虐待を受けていた彼女らと異なり、ロシアのシニアスケーターに襲い掛かる過酷な肉体的要求とコーチから受ける消耗品のような扱いは、競技の世界にいる多くの人々にとって公然と目にするものだ。陰で行われ、表に出てこない話ではない。

ここへ来て、大坂なおみ選手やシモーネ・バイルズ選手といった著名な競技者が、スポーツ界の標準となっている当たって砕けろ式の手法に異議を唱えている。選手の健康とメンタルヘルスについての対話が求められている今の状況は、現行の有害なシステムを打破するうえで重要だと言える。

要するに、ワリエワ選手のようないわゆる「保護された」選手を守るものなど実際には何もないということだ。同選手は腐敗したシステムの一部であり、そのシステムはスポーツマンシップやフェアプレー、ルールに違反すれば罰則はまず免れない。そうした中で歴史的な4回転ジャンプを決め、表彰台を制し、国際スポーツという偽善的な世界をお披露目する。国家の威信の名の下、風雲急を告げる世界情勢においてそれは行われる。15歳の少女の肩にどれだけのものがのしかかっているかは、ショートプログラムを終えた時、顔をくしゃくしゃにして涙ぐんでいるのを見て分かった。トリプルアクセルの着氷でふらついたものの、その高いスコアで日本の坂本花織選手を抑え、首位に立った。ただこの結果も一部では論争を呼び、(元五輪選手のアダム・リッポン氏など)坂本選手の滑りがワリエワ選手を上回っていたと考える人もいた。

この件がどのような結末を迎えるのかは分からない。IOCは、金メダルが有力なワリエワ選手が表彰台に入った場合、メダルの授与式は行わないとしている。これは団体と同様の措置となる。IOCは、「メダルの授与式を行うのは適切ではないだろう。その場合ある選手は、一方でAサンプルでの陽性判定が出ていながら、本人の反ドーピングルールへの違反はまだ確定していないという状態になるからだ」と述べた。

この決定は、他のスケーターから北京で表彰台に上がる感動を奪うものだ。団体で銀メダルを獲得した米国チームもこの憂き目にあった。IOCはすべての決着がついた後で「威厳を持ったメダルの授与式」を行うと約束している。

しかし、威厳というものが保たれていた時間はすでに過ぎ去ってしまったように思える。米女子陸上のシャカリ・リチャードソン選手は昨年の東京五輪前にマリフアナで陽性となりメダルの望みを絶たれたが、本人は今回の件について二重基準が適用されていると声を上げた。ワリエワ選手を「被保護者」として大事に扱うとするIOCの主張も同様に空々しく聞こえる。というのも同選手はチームドクターを含むコーチやサポートスタッフの下に帰されるからだ。表面上、最良のシナリオでは、彼らが何も知らない本人に体力を向上させる目的で薬物を与えたことになる。

ロシアはあらゆる意味で主導権を握ろうとしている。同国を除外する措置は、国家ぐるみのドーピングに関連するものだった。ワリエワ選手の救済措置は大部分が本人の年齢に基づく。仮に有罪だとしても、同選手は国家ぐるみのドーピングの犠牲者ということになる。異論はあるだろうが、そのような想定がなされる。ワリエワ選手がどれだけの高スコアをたたき出そうと、4回転ジャンプを何度決めようと、本人がどれだけ歴史的なスケーターであろうと(はっきりさせておくと、実際に同選手は一世代に1人というレベルのスケーターだ)、確実に言えるのは、北京五輪での女子フィギュアスケートには勝者もいなければ、保護されている選手も一人としていないだろうということ、それだけだ。

エイミー・バス氏は米マンハッタンビル大学のスポーツ学教授。スポーツの観点から米国内の人種問題を描いた複数の著作がある。記事の内容は同氏個人の見解です。

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