パスポートを購入する――エリート層がパンデミックを乗り切る方法とは

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超富裕層のリスク戦略として、特定の国の国籍や市民権の取得が注目を集めている/Justin Sullivan/Getty Images North America/Getty Images

超富裕層のリスク戦略として、特定の国の国籍や市民権の取得が注目を集めている/Justin Sullivan/Getty Images North America/Getty Images

(CNN) 大半の人にとって、新型コロナウイルスの流行は渡航の選択肢が減ったことを意味する。もっとも、超富裕層は例外だ。超富裕層は閉じられたはずの国境を越えるため、これまで以上に盛んに資金を投じている。

これぞエリート層で構成される「投資移民」の世界だ。そこではパスポート(旅券)の申請は国籍や市民権ではなく、富および富を世界中に動かす意思に基づき行われる。

こうした仕組みは「投資による市民権取得プログラム(CIP)」と呼ばれ、「投資による居住権取得制度(別名『黄金ビザ』)」とともに、目下の成長産業になっている。

超富裕層はこれにより、他国に資金を動かしてポートフォリオを多様化するのみならず、新規のパスポートを含めた市民権の恩恵を受けることができる。

CIP参加者の純資産額は通常、200万ドル~5000万ドル超(約2億円~53億円超)。この5年から10年の間、彼らの主な動機は、移動の自由や税制上の優遇措置を確保し、より良い教育や市民的自由といった生活面の向上を図ることだった。

だが、新型コロナによって今年の状況が激変するなか、一部のエリート層の間では、医療や新型コロナ対応、将来に備えた安全な避難先の確保を考慮に入れる動きも出ている。

プランB

英コンサルティング会社、ヘンリー・アンド・パートナーズのアジア部門責任者を務めるドミニク・ボレク氏はCNNの取材に、「保険として別の市民権を入手しておき、プランBに活用したいという声が本当に多い」と指摘する。

「こうした人は医療やパンデミックへの備えにも不安を抱いている。当然だが、今回が人生で唯一のパンデミックになるとは限らないからだ」とボレク氏。「富裕層は5年や10年のスパンではなく、資産や福祉の観点から100年以上先を見据えて備えを進めている」

同社への問い合わせは今年1月から6月にかけて、前年同期比49%増を記録。相談後に市民権を申請した人も、今年第1四半期(1~3月)には前期比42%増となった。

強力なモンテネグロ

個々の市民権取得プログラムをみると、最も人気が高いのはモンテネグロとキプロスで、今年第1四半期の新規申請数はそれぞれ前期比142%増、同75%増に膨らんだ。マルタも依然として大きな関心を集めている。

ボレク氏は「こうした超富裕層の多くはキプロスやマルタに関心を寄せている。申請者とその家族に、欧州連合(EU)全域への無制限のアクセスや居住の自由を認めているためだ」と指摘。「申請者は移動の自由のみならず、教育や医療の点でも(母国にいるより)高い水準を享受できる」と語る。

オーストラリアやニュージーランドの居住プログラムも需要が多いが、理由は異なる。危機管理だ。

「英米のような他の人気国と比べ、ニュージーランドは新型コロナ対応という点で際立っている」(ボレク氏)

650万ドルの投資

こうした居住プログラムに参加できるのは超富裕層のみだ。費用はオーストラリアのプログラムが100万~350万ドル、ニュージーランドの場合は190万~650万ドルに上る。

ボレク氏はニュージーランドのプログラムについて「私的な使用目的でない限り、何に投資するかは非常に柔軟に設定されている」と説明する。

多くの人は1000万ニュージーランドドルを、送電網から外れた完全自給自足型の商業農場に投資する。そうしておけば今回のような事態に直面しても避難先を確保し、収束まで乗り切ることができるとの見立てだという。

コロナなき安全地帯

一部の超富裕層は単純に、新たな感染症が流行した場合に家族と避難できるよう、安全で遠く離れた場所を探している。

たとえ直ちに利用できなくても、次のパンデミックに備えておきたいという考えだ。

「現時点では、小国の方がパンデミックに対応しやすいと言われている」。金融顧問企業エイペックス・キャピタル・パートナーズの創業者、ヌリ・カッツ氏はそう指摘する。

「米国のような国は感染を全く制御できていないが、小国の被害はそれほど大きくない。例えばカリブ海のドミニカやアンティグア・バーブーダ、セントクリストファー・ネービスでは、コロナ感染者はごく少数にとどまる」(カッツ氏)

渡航禁止を回避する

投資移民プログラムはカリブ海のセントクリストファー・ネービスを皮切りに世界数十カ国へ広がった/Apex Capital Partners
投資移民プログラムはカリブ海のセントクリストファー・ネービスを皮切りに世界数十カ国へ広がった/Apex Capital Partners

カッツ氏はこれとは別の傾向にも着目する。将来的に渡航禁止が導入された場合に備え、回避のチャンスを高める目的でパスポートに投資する動きだ。

入国を再開する国の中には、一部の国のパスポート保有者しか受け入れないケースもある。例えば、欧州の人はおおむね米国に渡航できず、逆に米国人も欧州を訪問できない。

しかし、キプロスのパスポートを保有していれば、国境が開放され次第、EU域内を移動できる。

投資移民制度の概要

投資移民プログラムでは、自国の経済への多額の投資と引き換えに、居住権や市民権を提供する。投資の形態は通常、不動産や雇用創出、インフラ開発、国債となる。

CIPが初めて導入されたのは1984年のことで、カリブ海のセントクリストファー・ネービスが先陣を切った。以来、オーストリア、キプロス、マルタ、モルドバ、セントルシア、トルコ、アンティグア・バーブーダ、ドミニカ、ギリシャ、モンテネグロなど数十カ国がプログラムを設定している。

一部の国は申請者に対し、非営利組織の立ち上げや現地の雇用創出につながる会社の設立、一定期間の国内居住を要求。国外から国債や不動産、開発プロジェクトに投資することを申請者に認める国もある。

必要となる投資額は国ごとに異なり、アンティグア・バーブーダは10万ドル、セントクリストファー・ネービスは25万ドル、ギリシャは28万ドル、ポルトガルは38万ドル、マルタは110万ドル、キプロスは240万ドルと幅がある。

「最も魅力的な国のひとつはポルトガルだと思う。富裕層なら35万~50万ユーロの価格帯は手の届く範囲だからだ」とボレク氏は指摘する。

「そうすればビザなしでEUのシェンゲン圏を移動できるようになる。初級レベルのポルトガル語さえ話せれば、5年間住んだ後、市民権取得への法的な道筋が明確になる」

「黄金ビザ」に反発も

マルタのプログラムへの投資は、EUの市民権を取得する早道の一つといえる/Courtesy of the Malta Tourism Authority
マルタのプログラムへの投資は、EUの市民権を取得する早道の一つといえる/Courtesy of the Malta Tourism Authority

CIPの支持者はこうしたプログラムについて、申請者と受け入れ国の双方にとってウィンウィンの状況だと指摘する。発展途上国の側は投資の流入により、自然災害や産業の崩壊、パンデミックで膨らんだ費用を埋め合わせたり、特定の産業を立ち上げたりできる。

一方、申請者の側でも資産を多様化しつつ、移動の自由の拡大やより良いライフスタイル、危機に際しての安心感を手にすることができる。

ただし一部の専門家からは、そう単純な問題ではないという指摘も上がる。

汚職対策に取り組む国際非政府組織トランスペアレンシー・インターナショナルは2018年、マルタやキプロス、ポルトガル、スペインの投資による市民権および居住権取得スキームを批判。「精査や透明性の確保、適切な調査をほとんど経ないまま、シェンゲン圏内をビザなしで移動する権利や、EU市民権を売り渡している」と主張した。

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