クレージーな発想?、マッハ5の旅客機がうまくいくかもしれない理由
かつてなく早く
同機の航続距離は約6400キロ。ニューヨーク発パリ行きなどの大西洋をまたぐルートならこれで十分だが、ロサンゼルス発東京行きのような太平洋ルートには不十分で、乗り継ぎが必要になる。
ニューヨーク発ロサンゼルス行きなど、陸地上空の路線は騒音規制のため選択肢にならない。音速の壁を破ると轟音(ごうおん)が発生することから、通常は海上上空を飛行するしかない。
マッハ5の旅客機の構想がいかに大胆なものかを理解するには、過去の飛行速度の記録を見るのが有用だ。
エンジンを積んだ航空機の過去最高速はマッハ9.6。米航空宇宙局(NASA)の全長約3.6メートルの無人機、X43Aが04年に記録を樹立した。
このときの飛行は数秒間しか続かなかったことから、マッハ5超での持続的な飛行の最長記録はボーイングX51のものとなっている。同機もやはり無人の実験機で、13年にマッハ5.1で3分あまり飛行した。両機とも上空からB52によって発射され、ロケットによって加速する必要があった。
有人機の場合、現時点での絶対スピードの記録は1967年にX15によって樹立されたマッハ6.7だ。同機は基本的には記録達成を目的に開発された座席付きのロケットであり、やはりB52によって上空から発射される必要があった。
自力で離着陸できる空気吸い込み式の航空機(ロケットではなくジェットエンジンを動力とする航空機)では、最高速度の記録は「わずか」マッハ3.3にとどまる。この記録は軍用偵察機SR71「ブラックバード」によって76年に樹立された。
商業飛行したことのある超音速旅客機は2種類のみで、その一つであるコンコルドの最高速度はマッハ2.04だった。
従って、提案されているハーミアスの旅客機が実現すれば、空気吸い込み式の航空機の現在の最速記録を大きく上回る。マッハ5で長時間飛行することで、現在は無人実験機の領域にある記録をも上回ることになる(もちろん、ハーミアスより前に別の航空機が記録を破る可能性もある)。
「成熟した技術」
ハーミアスのエンジンではハイブリッドな技術を使用している/Hermeus
以上を踏まえると、ハーミアスが当初の重点をエンジンに置いているのは意外なことではない。2020年2月には、戦闘機に搭載されているゼネラル・エレクトリック(GE)製の既存モデルに基づき、新型エンジンの設計に向けた実験が始まった。
このエンジンは従来の2つの技術のハイブリッドになる見通し。旅客機が使用するものと同様のターボジェットと、超音速以上でのみ作動するラムジェットの組み合わせだ。このエンジンは最初、米空軍との6000万ドル規模の提携を通じ開発中の極超音速無人機「クォーターホース」に搭載される。
興味深いことに、高速化を目的にジェットエンジンを設計する場合、部品は増えるのではなく減らされる。ターボジェットでは空気は前方から入り、まず回転するブレードによって圧縮された後、燃料と混合して点火される。これにより生じる高温ガスがエンジン後部から噴射され、機体を推進するという仕組みだ。
しかしマッハ3を超える場合、空気を圧縮する必要はない。空気はエンジンに入った瞬間に大幅な減速を強いられ、それだけで自動的に圧縮される。このため、マッハ3超からマッハ6までのスピードでは、ラムジェットと呼ばれるタイプのエンジンがしばしば使用される。この名称は文字通りエンジンが空気に衝突する(「ラムする」)ことに由来する。ターボジェットと違い可動部品はないが、マッハ3未満のスピードでは作動しない。
ハーミアスは離着陸時や亜音速飛行中、同社のハイブリッドエンジンをターボジェットモードで使用する予定。その後はマッハ3に到達しマッハ5まで加速するにつれ、徐々にラムジェットモードに切り替わる。
「ターボジェットの部分とラムジェットの部分はそれぞれ、単独では50年前から使われている成熟した技術だ。今回の秘訣(ひけつ)は両者を組み合わせる点にある。既製のターボジェットエンジンの周りに当社独自の構造を設計し、それを基に開発を進めた」(ピプリカ氏)