(CNN) 「しばらくの間、ひたすら自分にうそをつくことはできないものか?」
右派のラジオ番組司会者、グレン・ベック氏は、冗談半分にこう提案した。8日に行われた米中間選挙の翌日のことだ。しかし同氏が口にした願望は、多くの共和党員が選挙後抱いたものに他ならない。その願いは(共和党の圧勝を意味する)赤い津波が民主党の勢力を国内全土から一掃する幻想と相まって、なかなか消え去ってくれない。現実の共和党はいつになく低調な成績に終わった。多くの人々が歴史的な大勝を予想した中間選挙でのそんな結果はあまりに酷で、いつまでも引きずりたくはない。
ニコール・ヘンマー氏
それでも1人の共和党員にとって、その夜は時間と共に状況が好転する一方だった。フロリダ州のロン・デサンティス知事が20ポイント近い差をつけて再選したことで、かつての激戦州は一夜にして決定的に(共和党支持の)赤い州へと変貌(へんぼう)を遂げた。共和党がその晩を通じて敗北を重ねる中、同氏がスポットライトを独占することになるのは明白だった。また誰であれ右派が希望の光を見出そうとするなら、明らかにフロリダ州に目を向ける必要があった。
デサンティス氏の勝利を祝う集会で、支持者らは同氏が勝利宣言する演台をさらなる高みにたどり着くための跳躍台とみなしていることをはっきりと示した。「あと2年!」というスローガンが会場を満たしたのは、支持者らが知事公邸よりもホワイトハウスにいるデサンティス氏を見て2025年を迎えたいと考えていることをうかがわせる。
彼らだけではない。右派系のメディアではどこも選挙の翌日、コメンテーターがデサンティス氏に惜しみない賛辞を与える一方、トランプ前大統領を激しく非難。責めの言葉は間髪入れずやってきた。「トランプ氏は共和党最大の敗者」。米紙ウォールストリート・ジャーナルは社説の見出しでそう断じた。同様の見解はFOXニュースや右派のポッドキャスト、ラジオ番組でも選挙後数日にわたり繰り返された。トランプ氏には今や敗北のにおいがまとわりつき、デサンティス氏こそが共和党の新たな未来だった。
しかしデサンティス氏の時代の幕開けを宣言する前に、次のことを覚えておこう。むしろ向こう数週間のうちに、大統領になりたいという同氏の思いはピークを迎えてしまう公算が大きい。スポットライトはたちどころに苦境へと変わり得る上に、デサンティス氏は国政選挙の候補者としてもトランプ氏の対抗馬としても、まだ真価を問われたことがない。トランプ氏の時代からデサンティス氏の時代への移行が簡単に進むとみている人々は、また新たな失望の波に襲われるかもしれない。理由はデサンティス氏の勝利の詳しい中身と、トランプ氏の影響力の根強さの両方にある。
理論上では、デサンティス氏はいかにもトランプ氏の後継者のように見える。18年に知事選を僅差(きんさ)で制して以降は、意識的に自らをトランプ氏の型へと当てはめていった。トランプ氏の手振りや演説の抑揚から、メディアたたき、計算された悪意に至るまで、あらゆるものを取り入れた。傾向として反感や抵抗を打ち出す政治を行い、新型コロナウイルスに関する指針を軽視するほか、学校に対しては人種差別主義や性的特質について教えていると攻撃。反移民の宣伝行為の一環で、亡命希望者のマサチューセッツ州への移送も行っている。
デサンティス氏はそうした政治姿勢を、絶対的指導者としての人格と結びつけた。知事の立場から、自身の政策に反対するデモ参加者や大学、公衆衛生の従事者、企業を標的にした。警察を動員して重罪の有罪判決を受けた有権者を一斉検挙したこともある。フロリダ州では数年前に重罪の有罪判決を受けた有権者に対して投票権を回復する措置が取られたが、殺人犯や性犯罪者はこの対象から外れている。投票権の剝奪(はくだつ)を巡るこうした取り組みに混乱し、逮捕された有権者らは投票資格がないにもかかわらず誤って最近の選挙で票を投じていた。デサンティス氏は州議会に対しても自らの意向を通し、反同性愛の法律や選挙区の改正、ディズニーを狙った懲罰的な法律制定への支持を取り付けた。同社はフロリダ州の悪名高い「ゲイと言ってはいけない」法案を批判していた。
こうした行動によりデサンティス氏のフロリダ州での人気は高まり、同氏も世論への関心を強めていった。中間選挙の前月にはガソリン税の1カ月間の停止を導入。最近のハリケーンの後は選挙運動よりも被災者の効果的な救済に注力した。結果として、州内にいる従来の保守派のみならず、中南米系の有権者や民主党が優位なマイアミデード郡などの地域に住む有権者の支持も獲得するに至った。右派の多くが夢見るのがトランプ氏抜きの「トランピズム(トランプ主義)」だとすれば、デサンティス氏こそ理想的な政治家であり、彼らにそのような未来をもたらす存在に思える。
しかし、一時は共和党大統領候補の指名獲得に最も近いとされたマルコ・ルビオ上院議員も理解するように、フロリダ州でどれだけの地位を得ようと、または理屈の上でどれほどの成功を収めようと、それがそのまま国政選挙での勝利につながるわけではない。理由の一部はフロリダ州の特殊性にある。同州の有権者は近年保守化する傾向にあり、米国全体が中道左派周辺の政策の下でまとまっているのとは一線を画す(注目すべきことに現状では共和党支持の州でさえ、多くが低所得者向けの公的医療保険「メディケイド」の拡大や中絶の権利の保護、最低賃金引き上げの法制化に賛成票を投じている)。
一方、全国的な状況と異なり、フロリダ州の民主党は惨憺(さんたん)たる有様で、候補者の擁立と支援さらには有権者の組織化や動員にも苦労しているのが実情だ。また中南米系の有権者が一定数混ざっているのも、他の大半の州にはない特徴と言える。これらの有権者はキューバとベネズエラからの移民に大きく偏っており、民主党を社会主義者として攻撃するデサンティス氏に対して好意的な反応を示す。
それから同じフロリダ州の住人であるドナルド・トランプ氏の問題がある。同氏に見切りをつけようという声は現在、おそらく16年以降で最大の規模に達しているが、見たところ本人を巡る個人崇拝がいかに根深く、絶対的なものであるか完全には理解していない。そうした感情はなお、共和党の内部に存在している。
わずか2年前、共和党は政策綱領を通すのに失敗し、代わりに発表した声明でトランプ氏への忠誠を誓った。党のエリートらはトランプ氏のすぐ近くにいたにもかかわらず、大統領選の敗北の後も、続く議会議事堂襲撃事件の後も、党を自分たちの手で運営することができなかった。それどころか下院の共和党議員の多くは選挙結果の転覆に賛成票を投じ、共和党支持の有権者の大多数も20年の選挙は盗まれたとする考えに固執した。
デサンティス氏のバブルが膨れ上がった時期、トランプ氏は全国的な舞台にあまり姿を見せてはいなかった。デサンティス氏はまだ、トランプ氏持ち前のメディアへの発信力と対決する事態に追い込まれていない。大きな騒ぎや見栄えの良い光景を作り出し、メディアの関心を一手に吸い上げてしまう同氏の能力に立ち向かったことはなく、長期にわたって同氏の攻撃にさらされる側に回ったこともまだない。確かに、デサンティス氏がトランプ氏との直接対決に勝利する方法を見出す可能性はある。しかし一方で、トランプ氏の存在によってたちまち勢いを失う姿も容易に想像できる。16年大統領選の予備選で、トランプ氏以外の全ての共和党候補がまさにそうなったように。
暴力的な反乱が起きても岩盤支持層のトランプ氏に対する忠誠を打ち砕くことはできなかったが、ここへ来て止まらぬ連敗記録がそれを可能にするかもしれない。デサンティス氏は間違いなく、国内のどの共和党員よりも有利な立場からトランプ氏の大統領候補指名に異議を唱えることができる。とりわけ党のエリートや右派メディアから広範な支持を引き寄せた現状ではそうだ。しかしながらトランプ氏は、そうした不利な状況を跳ね返すことにかけて並外れた実績を持つ。つまるところデサンティス氏が24年の大統領選に勝利するという夢も、不確かな幻想に終わる可能性があるということだ。それこそ今回の中間選挙での赤い波と同様に。
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ニコール・ヘンマー氏は米バンダービルト大学の歴史学の准教授で、大統領職研究センターの責任者。保守系メディアと米国政治の変化に関する著書があるほか、歴史を扱ったポッドキャスト番組の共同司会を務める。記事の内容は同氏個人の見解です。