内戦下のレバノンで7年近く拘束、AP通信元特派員テリー・アンダーソン氏死去

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米AP通信の中東特派員だったテリー・アンダーソン氏(左)と娘のスロム氏。画像は1991年に解放された当時のもの/Santiago Lyon/AP

米AP通信の中東特派員だったテリー・アンダーソン氏(左)と娘のスロム氏。画像は1991年に解放された当時のもの/Santiago Lyon/AP

(CNN) 米AP通信の中東特派員だったテリー・アンダーソン氏が21日、米ニューヨーク州グリーンウッドレイクの自宅で死去した。76歳だった。

アンダーソン氏は1985年にレバノンで武装集団に拉致され、7年近く拘束されていた。娘のスロム・アンダーソン氏によると、晩年は穏やかに過ごしていた。

死因は不明だが、AP通信はスロム氏の話として、最近心臓手術を受けたと伝えている。

アンダーソン氏は東京特派員や南アフリカ特派員を歴任後、イスラエルのレバノン侵攻を受けて1982年に自らの意思でレバノンに赴任。レバノン内戦を取材する中で1985年に拉致され、16年間続いた内戦が集結した1991年に解放された。

解放後、AP通信の本社で同僚らにあいさつするテリー・アンダーソン氏=1991年12月/Mark Lennihan/AP
解放後、AP通信の本社で同僚らにあいさつするテリー・アンダーソン氏=1991年12月/Mark Lennihan/AP

自伝の「デン・オブ・ライオンズ(ライオンの巣窟)」は、拘束されている間に執筆した。

過去のCNNのインタビューでは、自身の拘束をめぐり「家族に本当に申し訳なく思い、拘束された自分の愚かさを申し訳なく思った」「たとえそれが理不尽だったとしても、ある程度の罪悪感は常にある」と振り返っていた。

娘のスロム氏は父の思いについて「最悪の経験によって記憶されるのではなく、ベトナム子ども基金、ジャーナリスト保護委員会などの人道支援活動を通して記憶に残りたいと思うだろう」と話している。

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