民主化運動のシンボル、スーチー氏 ミャンマーのマンデラか
母親の死後、スーチー氏は両親のようにミャンマーの人々に奉仕する道を選ぶ。
1990年、スーチー氏はNLDを率いて総選挙に勝利するが、軍事政権がその結果を拒否。スーチー氏を自宅軟禁とした。スーチー氏はその後の20年の多くの時間を自宅軟禁下で過ごすことになる。
しかし、軟禁状態にあってもスーチー氏の民主化への要求はやまなかった。そして、スーチー氏に対する支持も国内外で広がった。
スーチー氏は、アパルトヘイト(人種隔離)政策に反対して27年間の獄中生活を送った南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領と比較されるようになる。
1991年、スーチー氏は、ミャンマーの民主化への取り組みが評価され、ノーベル平和賞を受賞した。しかし、受賞演説を行えるようになるには2012年まで待たねばならなかった。
2007年、燃料費の値上がりに抗議して人々がデモを行うと、軍政権は武力行使を行い弾圧した。スーチー氏の自宅軟禁の期間も延長が繰り返された。