香港(CNN) 中国の外交トップ、王毅(ワンイー)政治局員兼外相は先週末、欧州各国の外相にメッセージを送った。世界情勢がどれほど変化しようとも、中国は「一貫性と安定性」を保ち、「安定をもたらす力」になるだろうと。
17日のミュンヘン安全保障会議での王氏の発言は、欧州各国が米国の大統領選挙を不安な面持ちで見つめる中で行われた。ドナルド・トランプ前大統領が再選することになれば、米国政府と協力関係が一変するのではないかと欧州は懸念している。
防衛費の拠出が不十分な北大西洋条約機構(NATO)加盟国を守るつもりはないとトランプ氏が発言したのを受け、ここ1週間で懸念はさらに増した。ロシアのウクライナ侵攻が続く中、欧州にとってはまさに寝耳に水だった。
トランプ氏が発言したタイミングは、王氏にとって願ってもないチャンスだったに違いない。王氏の欧州訪問の裏で、中国政府は悪化しつつある欧州連合(EU)との関係修復に苦慮している。国内経済の低迷と継続する米中摩擦に苦しむ中国にとって、EUとの関係修復は喫緊の課題だ。
王氏はミュンヘンで「世界情勢がどれほど変化しようとも、中国は責任ある大国として主要原則や政策で一貫性と安定性を保ち、激動の世界に安定をもたらす確固たる力となるだろう」と発言し、中国と欧州は「地政学的・思想的な雑音から距離を置いて」ともに協力すべきだと呼びかけた。
こうした王氏の呼びかけは、各方面で対中関係の安定化を望む欧州の一部の政府には響いたかもしれない。だが関係修復を実際に前進させる上で、中国政府は大きな問題を抱えていると専門家は言う。ロシア政府との揺るぎない関係だ。
こうした障壁は先週末のミュンヘンでも色濃く表れた。刑務所に収監されていたロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏が47歳で死亡したという知らせが届くと、安全保障会議には衝撃と怒りが影を落とした。
各国首脳はナワリヌイ氏の死をプーチン政権の仕業だと非難。ナワリヌイ氏の死に対する怒りでウクライナの運命を憂慮する声はさらに高まった。16日にはウクライナはロシアから要衝を奪われた。
「王氏は会議を開催した欧州諸国に対し、地政学的な意見の相違で密な協力関係を阻害してはならないとのメッセージを発信した」と語るのは、米シンクタンク「ジャーマン・マーシャル財団(GMF)」の客員シニアフェロー、ノア・バーキン氏だ。
「はっきり口にはしていないが、欧州がもっとも懸念する中国の立場や政策、すなわちロシアとの関係強化やゆがんだ貿易政策を、中国は変えるつもりはないと暗にほのめかしている」(バーキン氏)
ロシアのミサイル攻撃で廃虚と化した住宅=14日、ウクライナ・ハルキウ州/ Maxym Marusenko/Reuters
ロシアとの関係
2年前にロシアがウクライナに侵攻して以来、ロシアのプーチン大統領と中国の習近平(シーチンピン)国家主席は西側との緊張が高まる中で、両国関係を強化している。中国はロシアの侵攻をいまだ糾弾せず、中立の立場を主張しているが、同時に制裁に苦しむロシア経済の重要な生命線も担っている。
こうした理由から、欧州は中国の野心的な海外政策への警戒を強め、対中政策の見直しを図るEUの対応につながっている。
17日にミュンヘンで行われたパネルディスカッションで、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長はロシアの侵攻と中国の類似点を指摘し、米国が対ウクライナ支援を継続しているのは、中国共産党が主権を主張する自治の島、台湾での武力行使を思いとどまらせようとする習氏への「メッセージ」だと述べた。
EUの外相にあたるジョセップ・ボレル外交安全保障上級代表も16日に行われた王氏との会談で、「中国がロシアへの支援を控えることを望んでいる」という欧州の立場を改めて強調した。西側諸国はロシア軍に幅広い支援を行う中国政府を非難するには至っていない。
米ブルームバーグ通信は先週、EUがロシアの戦争努力を阻止する新たな対策案の一環で、中国本土の企業3社に対する貿易制裁を検討していると報じた。
こうした報道についてCNNが中国外務省に問い合わせたところ、「中ロ協力関係にかこつけて、中国への違法な制裁や『管轄権の域外適用』を科すことには断固反対する」、中国とロシアの企業間で行われている「正常な取引」は「いかなる第三者も標的にしたものではない」との返答だった。
王氏も週末、中ロ関係に対する懸念に対応しようとしたとみられる。ミュンヘンでの演説で中ロ関係について、「主要各国」と協力して国際問題に対処していこうとする中国政府の努力の現れだと位置づけた。
「ロシアは中国にとって最大の隣国だ」と王氏は述べ、両国は同盟関係ではなく、「いかなる第三者も標的」にしていないというお決まり主張を繰り返した。したがって「着実に発展する中ロ関係は両国の共通の国益にかなっており」、「アジア太平洋および世界の戦略的安定に資する」と述べた。
ミュンヘン安全保障会議のクリストフ・ホイスゲン議長は一般討論会で、中国はもっとロシアを抑制すべきではないかと質問したが、これに対して王氏は、「ウクライナ戦争の責任、あるいは戦争解決の責任を中国に転嫁しようとする」試みだとして反論した。中国政府は「辛抱強く」和平交渉の推進に力を入れているとも述べた。
王氏は17日に行われたウクライナのドミトロ・クレバ外相との会談でも同様の発言を繰り返し、中国は「紛争地域や紛争当事者に殺傷力を持つ兵器を売却する」ことはなく、平和の再構築に向けた「努力をあきらめない」と強調した。
だがそうした努力は、欧州諸国が抱く期待とは程遠い。ウクライナの領土保全を尊重した形での戦争終結に向け、中国が誇る経済的影響力や、首脳会談を含む定期的な高官級協議を活用してほしいと欧州は期待している。
むしろ中国政府は、昨年のミュンヘン安全保障会議での王氏が口火を切った和平交渉役という立ち位置を広めようとしているが、はっきり目に見える成果は上げられていない。当時中国政府が提案した戦争の「政治的解決」に向けた計画は、ロシア軍の事前撤退なしでの停戦を呼び掛けていたことから、ロシア政府の領土奪取を後押ししかねない内容だと広く批判された。
ウクライナの呼びかけによりスイスで近々開催される世界平和サミットに、中国政府が出席するかどうかも定かではない。ウクライナのクレバ外相がX(旧ツイッター)に投稿した声明によると、クレバ氏は王氏との会談でこの話題に触れたが、中国政府の公式声明には一言も触れられていない。
プーチン氏が訪ロした習氏を歓迎する様子=23年3月21日/Xie Huanchi/Xinhua/Getty Images
「トランプ・ファクター」
こうした背景をふまえると、ウクライナ戦争に関する中国の立ち位置について欧州が抱く懸念を王氏がどんなに鎮めようとしても、EU圏内ではさほど効果がないだろうというのが大方の見方だ。
「ウクライナでの戦争が続く限り、EUは対中政策で米国と密に足並みをそろえることになるだろう。何よりも、EUにとって経済安全保障が最優先事項であることを考えれば、欧州諸国は米国と協調して主要テクノロジー分野での輸出規制を強化するだろう」。ロンドンを拠点とするシンクタンク「王立国際問題研究所(チャタムハウス)」で中国を担当するユ・ジェ上級研究員はこう語った。
EUは欧州のサプライチェーン(供給網)を中国から「脱リスク化」し、主要テクノロジー分野の安全を確保して、一部の安価な中国製品から欧州市場を保護するために、数々の対策を検討している。中国政府はEUの政策を、米国の影響を過度に受けた措置ととらえている。
王氏はミュンヘンでこうした対応にも反論し、「『脱リスク化』の名のもとに中国を締め出そうとすれば、歴史に残る過ちになるだろう」と警告した。
王氏は安全保障会議の場で複数の欧州当局者と会談した後、スペインへ向かった。また今週にはフランス訪問も予定されている。
どうやら王氏は、中国との経済関係強化に関心を示し、迫りくる米大統領選挙を不安な面持ちで見つめる個々のEU加盟国との関係を安定化させるほうに勝算を見出しているのではというのが大方の意見だ。
王氏は欧州諸国との会談で、「トランプ・ファクターを持ち出し、完全に米国の側に付いても欧州諸国の最大の利益にはならないと指摘する」のではないか。こう語るのは、香港城市大学の劉冬舒助教だ。
トランプ氏は大統領時代、欧州と米国の同盟体制に懐疑的な見方を示しただけでなく、欧州産の鉄やアルミニウムに関税をかけ、欧州による米国輸入品への報復関税を招いた。
「王毅氏はトランプ氏が再選した場合、中国と良好な関係を築いていないと欧州は大問題に見舞われると指摘するかもしれない。王氏の望みは、より中立な立場を取るよう欧州諸国を説得することだ」(劉氏)
昨年春のエマニュエル・マクロン仏大統領の訪中など、この1年、中国政府は欧州諸国との関係円滑化である程度前進を遂げている。王氏もこれを足がかりにしようと考えているだろう。
ニューヨークを拠点とするロジウムグループの上級顧問も務めるGMFのバーキン氏は、「仮にトランプ氏が再選すれば、中国と米国の2正面で貿易摩擦が起きるリスクがある。それを避けるためにも、欧州諸国にとっては対中関係の安定維持が大きな焦点になるだろう」と語る。
「(中国にとって)最悪の事態は、貿易、テクノロジー、安全保障問題で大西洋両岸が結束することだ。中国はトランプ氏の言葉を利用して、米国は信頼できるパートナーではないというメッセージを欧州諸国に強調するだろう」
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本稿はCNNのシモーン・マッカーシー記者による分析記事です。