「子どもを殺すより、こちらを選ぶ」 イスラエルの若者が軍隊ではなく刑務所を選ぶ理由
イスラエル・テルアビブ(CNN) イスラエル中部にある軍刑務所で、イタマル・グリーンバーグさん(18)は、米軍の装備として支給された軍服を着て娯楽室のテレビから大音量で流れるハリウッド映画「アメリカン・スナイパー」を見ていた。
しかし、グリーンバーグさんは兵士ではない。いわゆる「リフューズニク」(イスラエルで「良心的兵役拒否者」を指す呼称)にとって、この砂漠迷彩の服装が唯一着用した軍服だった。
グリーンバーグさんはこの1年間、刑務所を出たり入ったりしており、合計197日間服役した。最後に刑務所から釈放されたのは、3月はじめのことだった。
グリーンバーグさんの「罪」は何か。それは、18歳を超える大半のユダヤ系イスラエル人と一部の少数民族に義務づけられる兵役招集に応じず、入隊を拒否したことだ。
グリーンバーグさんは、自身の兵役拒否について「長い間の学習と道徳的な考察の積み重ねの末に至った結論だ」と話す。
「学べば学ぶほど、殺戮(さつりく)や抑圧を象徴する軍服を着ることはできないと分かった」とグリーンバーグさん。2023年10月7日にイスラム組織ハマスがイスラエル南部を襲撃したことをきっかけに始まったパレスチナ自治区ガザ地区での戦争によって、兵役拒否の決意はより強まったという。
「ジェノサイド(集団殺害)が起きている。だから、(兵役を拒否するのに)立派な理由は必要ない」(グリーンバーグさん)
イスラエル政府は、ガザでの戦争がパレスチナ人に対するジェノサイドにあたるという批判を強く否定している。
一時的な停戦が崩れた後、イスラエルがガザへの空爆と地上作戦を再開したことで戦争が再燃。パレスチナ保健省によると、1年5カ月の間に5万人を超えるパレスチナ人が死亡した。
グリーンバーグさんは、イスラエル国防軍(IDF)での従軍ではなく刑務所で過ごす道を選んだことについて「変革を望んでいる。そのためには自分の命を捧げてもいい」と語る。

「ラファを救え」とかかれた絵の下に立つグリーンバーグさん/Kara Fox/CNN
しかし、このような形で徴兵を拒否することは、社会からの「追放」を意味するため、グリーンバーグさんのような良心的兵役拒否者にとっても決して軽々しく下せる決断ではない。
イスラエルにおいて軍隊は単なる組織以上の存在だ。社会機構の一部であり、兵役と世俗的なユダヤ系イスラエル人のアイデンティティーは深く結びつき、それは幼いときから始まる。小学校のころから「いつか自分たちが子どもを守る兵士になる」と教えられ、兵士が教室を訪れては入隊を積極的に勧める。16歳になると最初の徴兵令が届き、18歳での本格的な徴兵に至る。多くの人々にとってそれは名誉であり、義務であり、通過儀礼でもある。
グリーンバーグさんによれば、家族や友人からさえも「ユダヤ人嫌いのユダヤ人」「反ユダヤ主義者」「テロリストの支持者」「裏切り者」などと呼ばれることがあるという。
「インスタグラムで『お前を殺してやる。10月7日にハマスがイスラエル人にやったように』と言われる」とグリーンバーグさんは語る。
グリーンバーグさんは刑務所内でも、ほかの受刑者からの脅迫を受けたため独房に移された。刑務所側からは「身の安全のためだ」と説明されたという。
社会的な孤立にさらされながらも、グリーンバーグさんや、良心的兵役拒否者を支援する複数の団体はその信念を貫いている。そうした団体によれば、良心的兵役拒否者の数は増えつつあるという。
良心的兵役拒否者の人数は依然として極めて少ない。良心的兵役拒否者を支援する団体「メサルボット」によると、ガザでの戦争が始まって以降、良心的兵役拒否の意思を公に示したイスラエルの若者は十数人しかいない。しかし、それでも戦争前の数年よりは増えているという。
メサルボットはCNNに対し、さらに多くの「グレーな良心的兵役拒否者」が存在すると明らかにした。精神面や健康面を理由に徴兵を回避し、服役の可能性を避ける人々だという。こうした拒否の性質上、その正確な人数を把握することは不可能だ。
別の反戦団体「イエシュ・グブウル」もCNNに対し、イスラエル軍が公表した統計によれば、毎年平均で徴兵対象となる若者の20%が兵役を拒否していると述べた。この数字には、良心的兵役拒否者とグレーな良心的兵役拒否者の両方が含まれるという。
イスラエル軍は兵役拒否に関する統計を正式には公表していない。CNNはこれらの数字や見解についてイスラエル軍に問い合わせている。
良心的兵役拒否者よりも声高にイスラエルの軍事的な伝統への参加を拒否してきた集団もいる。ハマスによる襲撃の前から、司法の独立を弱めようとする政府に抗議する数千人の予備役兵が「招集には応じない」と表明していた。また、宗教学校での学びを理由に軍へ入らない超正統派の男性の徴兵問題をめぐり、ここ数カ月間、国全体が混乱に陥っている。
グリーンバーグさんの考え方は、国内でいっそう立場を失いつつあるイスラエル左派の中でも極端なものだ。ハマスの奇襲以降続く大規模な抗議デモは、軍や戦争そのものへの反対というよりも、ガザにいる人質を取り戻すための停戦協定を求める声が中心だ。それでもグリーンバーグさんやほかの良心的兵役拒否者たちは、自分たちの運動によって、軍事化した社会の問題点を主流の議論として取り上げる余地が生まれるのではないかと期待している。
「もし軍に入れば、自分は問題の一部になってしまうだけだ。私は解決策の一部でありたい」とグリーンバーグさんは語る。ただし、それが実現するまで生きられないかともしれないと言い添えた。

デモの準備をする良心的兵役拒否者の人たち/Kara Fox/CNN
こうした良心的兵役拒否者十数人が22日、左派政党連合「ハダシュ」の本部に集まり、テルアビブ中心部で毎週行っているデモの準備を進めた。
テルアビブ出身のリオール・フォーゲルさん(19)はバルコニーで他の良心的兵役拒否者数人とともに手巻きたばこを吸いながら、「暴力と武力に基づく軍という組織に、ずっと問題を感じていた」と語った。精神面での健康状態に関する診断書を医師に書いてもらうことで兵役を逃れたという。
フォーゲルさんはCNNに対し、兵役を免除されてから初めて、イスラエル国内や占領地におけるパレスチナ人に対して日常的・制度的に行われる暴力で軍が果たす役割を理解するようになったと話す。こうした不当な行いこそが、いまのフォーゲルさんの活動を支える原動力だ。
アムネスティ・インターナショナルを含む複数の人権団体は、イスラエルによるパレスチナ人への扱いをアパルトヘイト(人種隔離)政策と指摘している。イスラエル側はこれを反ユダヤ主義だとして強く否定している。
「アパルトヘイトというシステム、そして他の集団を積極的に抑圧するこの支配体制を支持することはできない。それは不道徳で全体的に恐ろしいばかりか、必ず自分たちの身に返ってくる」とフォーゲルさんは語る。

リオール・フォーゲルさん(中央)によれば、兵役拒否の考えは両親から反対されたという/Kara Fox/CNN
フォーゲルさんたちが民主主義支持と反戦を掲げる数千人のデモ隊に合流するため、ベギン通りへと行進するなか、フォーゲルさん自身も良心的兵役拒否者の主張がいまだ少数派であることを認めた。
それでも、今こそ、良心的兵役拒否者の活動が注目を集めるときかもしれない。
イスラエルのネタニヤフ首相への怒りは何万人もの抗議者の間で頂点に達した。デモ参加者は、ネタニヤフ氏が権力維持のためにますます反民主的な手段に頼っていると考え、軍事行動の再開で1年半近く続く容赦のない戦争でも達成できなかった一体何を目指しているのかと疑問を投げかけている。
多くの人々は、ネタニヤフ氏が自らの政治的な延命を国の安全保障よりも優先していると非難している。再開した軍事作戦により、ガザでハマスなどがいまだ拘束しているとされる人質の命が危険にさらされるとの指摘もある。
こうした心情がガザ情勢おける大きな転機となり、良心的兵役拒否者は軍事作戦の再開に抗議して兵役を拒もうかと考えているイスラエル市民に、政治的立場を超えて行動する力を与えるのではないかと期待している。
「イスラエルが戦闘を再開してから、過激派でも左派でもないけれど停戦や人質救出を支持する人々が、『拒否する』と声を上げられるようになった。たとえパレスチナ人のことを考えていなくても」とグリーンバーグさんは語る。
「兵役拒否は、今では以前ほどタブー視されない。だから、たとえ私たちのことを頭のおかしい裏切り者だと思っていても、彼らが正しいと考えた瞬間、私たちが築いてきた手段を使える」とグリーンバーグさんは言い添えた。
同じデモに参加していた良心的兵役拒否者のひとり、イド・エラムさん(18)は兵役拒否による服役経験があり、CNNに「子どもを殺すよりはこっちのほうがましだ」と語った。国連児童基金(ユニセフ)によれば、戦闘が始まって以降、ガザでは1万4500人以上の子どもが犠牲になっている。
エラムさんは、自身の抗議がイスラエルの人々に「パレスチナ人の痛みもイスラエル人の痛みも同じだ」と理解してもらう一助になればと望んでいる。
より大規模なデモに参加していた人物はエラムさんの発言を聞きつけると、「それは真実ではない。彼は少数派で、ここにいるみんなの考えを代弁しているわけではない」と割って入り、エラムさんの見解はイスラエル社会を代表しないと主張した。
数十人の兵役拒否者が「平和、公正、社会正義」と唱え、「戦争を拒否し、平和に動員を」というプラカードを掲げる姿に、賛同する人の姿もあった。
ラケフェット・ラピドさんは、数年前に自身の2人の子どもも兵役を拒否しており、家族はハマスの襲撃を受けたキブツ(集団農場)のひとつに住んでいる。「こういうことを口にしてくれる若者がまだいるのはうれしい」と話す。
ラピドさんは「ただ、彼らがごく少数派だということは残念だ」とも言い添えた。

反戦デモでドラムをたたく16歳の男性。良心的兵役拒否を選択する考えだという/Kara Fox/CNN
グリーンバーグさんは「うそはつきたくなかった」から公にしたと語る。
しかし匿名を希望する16歳の男性はCNNに対し、自身が招集されるときになれば拒否するとわかってはいるものの、どのような方法を取るかはまだ考えている最中だと語った。
この男性は、精神面での問題を抱えているとして兵役免除を認める診断書を医師から得ているが、実際の理由は精神面ではなく政治的な考え方だという。「もし私が『精神の問題』ということで軍から外れるなら、軍に対して『問題があるのは私であって、あなたたちではない』と言っているようなものだ」