母親の血液検査で胎児の疾患を判定 苦心の研究の舞台裏
従来の検査方法では、妊婦は羊水穿刺(せんし)と呼ばれる施術を受ける必要があった。これは子宮内で胎児を取り囲む羊水から液体を抽出し、液中の細胞を検査してダウン症などの症状がないか判断するもの。母親の腹部から子宮に向かい大きな針を刺さなければならず、流産につながる可能性もあった。
ロー氏は「医者はなぜこれほど危険な施術を行うのか。母親の血液サンプルを採取するだけでも良いのではないかと考えた」と話す。
ただ、ロー氏が学生だった1980年代にはまだ、母親と胎児の血液は別々だと考えられていた。ロー氏は母親の血液細胞のなかに胎児のDNAが存在することを突き止めようと、8年がかりの研究に着手。だが、血液細胞に入り込む胎児の細胞はごく少数であることが分かり、打ち切りを余儀なくされた。
転機が訪れたのは1997年。香港が中国に返還されるとともに、ロー氏の研究でも突破口が開けた。ロー氏は香港に移る3カ月前、がん患者の腫瘍(しゅよう)に由来するDNAが患者の血漿中を循環しているのが発見されたとする記事を読んでいた。
これによると、科学者らは死んだ腫瘍の細胞からDNAが血中に放出されることを発見。血中循環腫瘍DNA(ctDNA)として知られる現象で、これにより非侵襲的な方法でがんを診断する道が開かれた。
ロー氏は「母親の体のなかで育つ胎児は、患者の体内で成長するがん細胞のようなものだと思った」「小さながんが目に見えるだけのDNAを放出するのであれば、胎児も同様なのではないか」と考えたという。