化石燃料の採掘中に発見された温暖化対策のカギ
大挙するベンチャー企業
ホワイト水素の生成過程は数多くあるが、大規模で天然の貯蔵地が形成された経緯についてはいまだ分かっていない部分もある。
地質学者の間では、鉄を豊富に含んだ石と水が科学反応を起こして水素を生成する「蛇紋石化作用」と、水分子を放射線が分解する「放射線分解」に絞られている。
ホワイト水素の埋蔵地は、米国、東欧、ロシア、オーストラリア、オマーン、フランスやマリなど、世界各地で発見されている。
偶然発見されたケースもあれば、「フェアリーサークル(妖精の踊りの環)」とも呼ばれる地形を手掛かりに探すケースもある。浅い楕円(だえん)形のくぼみは、水素が漏れ出ている可能性を示す指針だ。
エリス氏の推計では、世界には数百億トンのホワイト水素が眠っているとみられる。現在1年間で生成される水素量の1億トンをはるかに超える数字だ。2050年までに年間5億トンを生成することも予想されるとエリス氏は言う。
「ほぼ間違いなく、ホワイト水素の大半は蓄積量が極めて少ないか、遠洋に位置しているか、あまりにも深すぎて現実的に生成が経済的でないかだ」とエリス氏。だがそのうちわずか1%でも見つけて発掘できれば、200年間で5億トンの水素が生成できるだろうとも付け加えた。
多くのベンチャー企業にとって、のどから手が出るような見通しだ。
オーストラリアを拠点とする企業「ゴールドハイドロゲン」は現在、南オーストラリア州のヨーク半島で採掘を行っている。この場所に狙いを絞ったのは、同州の記録保管所を掘り起こしたところ、1920年代に複数の掘削した穴から超高濃度の水素が発見されたとの記述を発見したのがきっかけだった。当時の採掘者は化石燃料にしか関心がなかったため、水素には目もくれなかった。
責任者のニール・マクドナルド氏は「目の前の展開にとても興奮している」と言う。さらに調査と採掘が必要だが、2024年遅くには初期生産を開始できるだろうと同氏はCNNに語った。
破格の投資額を提示されたベンチャー企業もある。デンバーに拠点を置くホワイト水素企業「コロマ」は、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が設立した投資会社「ブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ(BEV)」などの投資家から9100万ドル(約136億円)の投資を集めた。もっとも、米国内の採掘場所や商用化の目標時期については硬く口を閉ざしている。
同じくデンバーを拠点とし、ビチェスラフ・ズゴニク氏が創業した「ナチュラルハイドロゲンエナジー」は19年にネブラスカ州で水素の地質調査を完了し、さらに追加で採掘を計画している。「初の商用プロジェクトに非常に近づいている」とズゴニク氏はCNNに語った。
ズゴニク氏は、気候変動対策の「スピードアップを可能にする解決策、それが天然水素だ」と述べた。
ブームを現実に
こうした企業や科学者にとっての難題は、理論上の期待をいかに商用化するかだろう。
「数十年もの間、試行錯誤や見切り発車が繰り返される可能性もある」とエリス氏は言う。だがスピード感は不可欠だ。「資源開発に200年もかかるのであれば、たいして役には立たなくなってしまう」
だが多くのベンチャー企業は強気だ。中には数十年ではなく、数年のうちに商用化できると予測する声もある。「多少の微調整は必要だが、必要な技術はすべてそろっている」とズゴニク氏は言う。
それでも課題は残る。一部の国では規制が障壁になっている。費用の面でも努力が必要だ。マリの井戸をベースにした概算によると、ホワイト水素の生成にかかる費用は1キログラムあたり約1ドル(約150円)。これに対し、グリーン水素の場合は1キログラム当たり約6ドルだ。だが大量の埋蔵地を確保するためにさらに深く採掘しなければならない場合、ホワイト水素の費用は一気に上がりかねない。
ロレーヌ鉱山盆地では、ピロノン氏とデ・ドナート氏が次の段階として、ホワイト水素の埋蔵量を正確に知るために、地下3000メートルまで採掘しようとしている。
まだまだ道のりは長い。しかし、かつて西欧の主要な石炭生産地だったこの地域が新たなホワイト水素業界の中心地になる日が来たなら、なんとも皮肉な話だ。