サッカーのヘディングに変性脳疾患発症のリスク 求められる世界的取り組み
(CNN) 1966年7月30日に行われたFIFAワールドカップ(W杯)決勝で、地元イングランドが、同国史上初の、そしてこれまでで唯一となる優勝を果たした。同国代表DFノビー・スタイルズ選手の勝利を祝うダンスに、国中の歓喜が凝縮されていた。
時は流れて今年の10月30日、イングランドは、前立腺がんとアルツハイマー病により78歳で死去したスタイルズ氏を悼んだ。
スタイルズ氏は、認知症と診断された数多くの元サッカー選手の1人であり、同氏の死をきっかけに、サッカーと変性脳疾患との関係をめぐる議論が激化している。
スタイルズ氏の死後間もなく、1966年のW杯で優勝したイングランド代表メンバーの1人であるボビー・チャールトン氏も認知症を患っていることが明らかになった。さらにチャールトン氏の兄で、同じく優勝メンバーだったジャック氏も今年7月、認知症を患ったまま死去した。
1966年大会の決勝に先発したイングランド代表11人のうち、レイ・ウィルソン氏とマーティン・ピータース氏を含む少なくとも5人が、その後、何らかの認知症やアルツハイマー病を発症した。また同決勝でイングランドと対戦した西ドイツ代表のメンバーで、得点も記録したヘルムート・ハーラー氏は2012年に死去したが、同氏も晩年にパーキンソン病と認知症を患っていた。
ともに1966年のW杯を制したジャック(左)とボビーのチャールトン兄弟/Norman Quicke/Hulton Archive/Getty Images
「潜在的リスクを軽減」
英グラスゴー大学が昨年行った調査で、元サッカー選手は一般人に比べ、神経変性疾患による死亡率が約3.5倍高いことが分かった。
またサッカー選手は一般人に比べ、パーキンソン病の発症率が2倍、運動ニューロン疾患(MND)の発症率が約4倍、アルツハイマー病の発症率が5倍も高い。
神経病理学者で、昨年の研究結果をまとめたチームの一員であるウィリー・スチュワート博士は、この研究結果は、サッカーのヘディングや頭部外傷に対するアプローチを変える必要性を示唆するものだと指摘する。
イングランドサッカー協会(FA)とイングランド・プロサッカー選手協会(PFA)、さらにアイルランドとスコットランドのサッカー協会は、ヘディングとの関係が疑われる「潜在的なリスクを軽減する」ために、11歳以下の選手のヘディングの練習を禁止した。これは、昨年の研究結果を受けての措置だ。
また、米国サッカー連盟(USSF)も2016年に11歳未満の選手のヘディングを禁止した。一方、欧州サッカー連盟(UEFA)も今年6月に若年層を対象としたヘディングに関する指針を発表したが、ヘディングを禁止するには至らなかった。
しかし、スチュワート博士は、この問題は国際的規模で取り組む必要があると考えている。
サッカーの国際競技連盟であるFIFAの広報担当者は、サッカーにおける脳損傷に関して、FIFAはその責任を大変重く受け止めているとした上で、「FIFAは、この問題への取り組みを(FIFAの)医療部門の主要な目的とし、さらに独立サッカー脳振盪(のうしんとう)諮問グループを設立した。今後、このグループが脳振盪や脳損傷をテーマとした研究の議論・評価を行う」と述べた。
W杯優勝を決め、トロフィーにキスをするイングランド代表の主将、ボビー・ムーア/Keystone/Hulton Archive/Getty Images
「油断は禁物」
またスチュワート博士は、マリウス・ジャリウーカス氏のケースにも注目している。スコットランド、イングランド、そして母国であるリトアニアでプレーしたジャリウーカス氏は、37歳の誕生日の11日前に死去した。かつて所属したスコットランドのクラブチーム「ハーツ」によると、ジャリウーカス氏は生前、運動ニューロン疾患を患っていたという。
スチュワート博士は、われわれは認知症を患う高齢者だけでなく、さまざまな疾患を抱える若者についても議論しており、その点を忘れてはならないとし、さらに、これは過ぎ去った時代の問題ではなく、油断すべきではないと警告した。
度重なる頭部外傷に関連する変性脳疾患、慢性外傷性脳症(CTE)は、アメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツ(選手間の接触のある競技)と明確な関連がある。
またサッカーに関しては、選手の脳内にCTEが発症する原因がヘディングであることを示す複数の証拠がある。
スチュワート博士は「サッカーでは脳振盪はめったに起こらないので、脳振盪が(CTE発症の)原因ではない」とした上で、「しかし、サッカーでは頭部に衝撃を受けることが非常に多い(中略)ヘディングはサッカーの一部であり、ヘディングの練習もサッカーの一部だ」と付け加えた。
引退した選手へのサポート
PFAは、引退した選手らを支援するために認知症電話相談サービスを開始し、さらにスポーティング・メモリーズ財団と協力して、認知症発症後の暮らし方に関する指針を策定した。
スポーティング・メモリーズ財団は、スポーツにまつわる思い出の品を使って、高齢者の社会的孤立、うつ、認知症などの問題に取り組む世界初の慈善団体だ。
会員の多くは、元プロまたはアマチュアのサッカー選手たちだ。彼らの場合、現役時代を思い出すことが、記憶喪失や認知障害といった認知症のいくつかの症状の改善に効果を発揮する。
そこで重要な役割を果たすのが、サッカーボール、写真、ステッカーのアルバム、チームのユニホームといった記念品だ。
スポーティング・メモリーズ財団の共同創設者クリス・ウィルキンス氏によると、会員の集会に懐かしいデザインのサッカーボールなどを持参すると、それらの匂いや感触で長い間の記憶がよみがえるという。
「そこで驚くべきことが起こる。認知症がかなり進んだ会員たちが、突然、特定の試合やチームの全てのメンバーを思い出すのだ。例えば、その試合でどのようにゴールが決まり、その時どのような天気だったか、などだ」(ウィルキンス氏)
現在、スポーティング・メモリーズ財団のクラブは、イングランド、ウェールズ、スコットランドに120以上存在する。同財団は、英国中のサッカークラブと協力して、認知症と診断された元選手らを支援している。