トランプ氏がグリーンランド購入にこれほどの関心を寄せる理由
(CNN) トランプ次期米大統領の長男ドナルド・トランプ・ジュニア氏が7日、グリーンランドに降り立った。父親のトランプ氏はこの島を購入したいとの強い願望を表明しているが、グリーンランド側は声明で売り渡されることはないと一蹴している。
ジュニア氏はCNNの取材に答え、今回の渡航を「ちょっとした楽しみ」と形容。「アウトドア好きの人間として、今週のグリーンランド滞在にわくわくしている」と語った。
しかし同氏の渡航は既に多くの臆測を呼んでいる。果たして父親のトランプ氏はこの北極圏の土地について、具体的にどのような構想を描いているのか。
昨年12月、トランプ氏は政権1期目でも掲げたグリーンランド取得の考えを改めて表明。米国による所有が「絶対に必要」だと主張した。7日の記者会見でグリーンランドやパナマ運河の取得に向け「軍事的もしくは経済的強制力」の行使を排除する意向かどうか問われると、同氏はこれを否定。「2件のどちらについても保証はできない。ただこれだけは言える。我が国は経済安全保障の観点からそれらを必要としている」と答えた。
米国の安全保障上、グリーンランドの取得は極めて重要だとトランプ氏は強調するが、専門家らによるとグリーンランドが持つ別の側面に注目している可能性もある。たとえばグリーンランドは希土類元素(レアアース)など天然資源の宝庫で、気候変動で島内の氷が融解すればこれらの資源に容易にアクセスできるようになるかもしれない。
特異な地政学的位置
グリーンランドは世界最大の島で、5万6000人を超える人々が暮らす。かつてはデンマークの植民地だったが、現在は同国の自治領として、地政学的に特異な位置を占める。米国と欧州の間にあり、最大都市のヌークはデンマークの首都コペンハーゲンよりも米国のニューヨークの方が近い位置関係となっている。
長年にわたりグリーンランドは、米国の安全保障の鍵を握ると目されてきた。とりわけロシアによる潜在的な攻撃への対抗を念頭に置いた場合はそうだった。デンマーク国際問題研究所の上級研究員、ウルリク・プラム・ガド氏はそう指摘する。太平洋と大西洋をつなぐ北西航路は同島の沿岸を通る。またグリーンランドはアイスランド、英国と共に戦略的海域の「GIUKギャップ」を形成してもいる。
グリーンランド購入の構想を掲げた米大統領はトランプ氏が初めてではない。1867年、当時のアンドリュー・ジョンソン大統領はアラスカを購入した際、グリーンランドの購入も検討していた。第2次世界大戦末期にはトルーマン政権がデンマークに対し、1億ドル(現在のレートで約158億円)でのグリーンランド購入を申し出ている。これらの事例はデンマークのメディアが最初に報じた複数の文書から明らかになっている。
いずれの場合も購入が実現することはなかったが、1951年の防衛協定に基づき、米国はグリーンランド北西部に空軍基地を建設した。現在ピツフィク宇宙軍基地と呼ばれるこの基地は、モスクワとニューヨークの間に位置する。米軍の拠点としては最北にあり、ミサイル警報システムが設置されている。
プラム・ガド氏はCNNの取材に対し、米国側としては敵対的な大国がグリーンランドを管理下に置く事態を確実に避けたいと説明。その場合はグリーンランドを足掛かりに米国への攻撃が可能になるからだと述べた。
豊富な希少鉱物
だがそれ以上にトランプ氏にとって魅力的と思われるのは、グリーンランドに眠る豊富な天然資源だ。ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイで地政学を専攻するクラウス・ドッズ教授はそう指摘する。
それらは石油や天然ガスの他、レアアースに分類される非鉄金属を含む。後者は電気自動車や風力タービンの素材として需要が高く、軍装備品の製造にも用いられる。
グリーンランドにある多数の調査所の一つ。氷床の動きや上昇を追跡している/Julian Quinones/CNN
現状で世界のレアアース生産を支配する中国は、トランプ政権2期目を前にして既に輸出規制などの措置をちらつかせている。トランプ氏と顧問らがその点を非常に懸念していることに疑問の余地はないとドッズ氏は述べ、「グリーンランド取得の真の目的は、中国の締め出しにあるのだろう」と付け加えた。
氷の融解が好機
氷の融解と北極の気温の急激な上昇により、現在グリーンランドは気候危機の最前線に立たされているが、環境の変化を経済的なチャンスと捉える向きもある。
海氷がなくなれば航路が開け、北半球での夏の間に航行可能な期間が延びる。北極評議会によると、昨年までの10年間で北極圏での貨物輸送は37%増加したが、氷の融解はその一因となっている。
「トランプ氏は恐らく本能的に北極の氷が融解しつつあるの理解し」、それを好機と認識しているとドッズ氏は分析。ただ同氏が警告するところによれば、当該の航路の状況は引き続き往々にして不安定なものであり、氷の融解でかえって航行の危険が増す場合さえあるという。
地球温暖化に伴い、グリーンランドの氷は地表からはがれ落ち、大西洋に流れ込む。海中での氷の融解は海面上昇の原因となる/Evelio Contreras/CNN
氷の融解で天然資源へのアクセスが容易になるとの見方もあるが、英ダラム大学の地質学教授、フィリップ・スタインバーグ氏によれば、これまでのところ気候危機で現状が一変すると証明されたわけではないという。
獲得は実現可能か?
デンマーク政府とグリーンランド自治政府は、グリーンランドを購入可能と見なす考えに強く反発している。
後者のエゲーデ首相は昨年12月、フェイスブックへの投稿で「グリーンランドは売り物ではなく、今後もそうなることは絶対にない」と断言した。
それでも購入を巡るトランプ氏のコメントはグリーンランドにとって興味深いタイミングで飛び出したとドッズ氏はみている。先住民族イヌイットが主導する自治政府が最近、デンマークからの独立に対する要求を強めているからだ。エゲーデ首相は新年の演説で、「植民地時代の足かせ」を取り除くよう求めた。
ドッズ氏によればこうした動きで「デンマークはパニックに陥り」、グリーンランドとの関係に一段と注力しているように見えるという。昨年12月、同国はグリーンランド向けの軍事支出を大幅に拡大すると発表。今月に入るとデンマーク王室が紋章のデザインを刷新した。新たな紋章には、グリーンランドを象徴するホッキョクグマが従来よりも大きく描かれている。
グリーンランドの最大都市ヌークを訪れたドナルド・トランプ・ジュニア氏/EMIL STACH/AFP/Ritzau Scanpix/AFP via Getty Ima
独立志向の高まるグリーンランドだが、島の経済は依然としてデンマーク政府から支給される年間5億ドル規模の補助金に依存しているのが実情だ。ドッズ氏は「仮にトランプ氏が、年間10億ドルで別の種類の関係を結ぼうと申し出たら、グリーンランドはどうするだろうか?」と問いかける。
現地の政治家の一部が構想として掲げているのは、米国がマーシャル諸島と結んでいるような特別な関係だ。その場合グリーンランドは主権を確保しつつ、米国から財政支援を受ける。それと引き替えに特定の戦略的利益に関して米国との間で合意を結ぶことになる。
しかしグリーンランド自治政府首相を務めたクーピク・クライスト氏は、この種の関係が機能し得るかについて強い疑念を示した。「米国が自分たちの先住民族をどのように扱っているか」を考えれば答えは出るというのが同氏の認識だ。
現時点で、トランプ氏がグリーンランドを獲得するとの自身の願望をどこまで追求するのかは判然としない。「単なる虚勢なのか、別の何かを手にするための脅迫なのか、あるいは実際に本人が望んでいることなのかは誰にも分からない」(プラム・ガド氏)