映画「トレインスポッティング」から25年、スコットランドの薬物死亡率は欧州最悪

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安全な摂取環境を提供する車両の中でヘロインの準備をする薬物使用者=グラスゴー/Jeff J. Mitchell/Getty Images

安全な摂取環境を提供する車両の中でヘロインの準備をする薬物使用者=グラスゴー/Jeff J. Mitchell/Getty Images

(CNN) それは映画史上最も有名なモノローグの一つだ。「人生を選べ」。ユアン・マクレガーは1996年の映画「トレインスポッティング」の中でそう語る。原作はアーヴィン・ウェルシュによる社会の現実を鋭くえぐった小説。英スコットランド・エディンバラに暮らす若い薬物常用者仲間のグループを描いている。

「でも、なぜ好き好んでそんなことを?」。マクレガー演じる主人公のマーク・レントンは続ける。「俺は人生を選ばない選択をした。他のものを選んだ。理由? 理由はない。ヘロインがあるのに理由なんて必要か?」

陰うつな内容ながらコメディー要素も強い同作は、疾走感あふれるブリットポップのサウンドトラックとともに国際的な成功をおさめ、スコットランドの薬物事情に光を当てた。

「アーヴィン・ウェルシュがいい仕事をしてくれた」。エディンバラ大学で薬物依存を研究し、地元で40年以上医師として働くロイ・ロバートソン教授はそう話す。

ロバートソン氏によれば、93年の初版刊行は「画期的な瞬間」だった。「当時その領域で働き、生活していた我々にとって、小説は問題をきわめて正確に描写したものにほかならなかった。つまり非常に若々しく、活動的かつ攻撃的な高純度ヘロインの市場と、それがもたらすありとあらゆる結果だ」

しかし映画公開から25年が経過し、スコットランドの薬物問題は、見方によってはかつてないほど悪化している。

スコットランドにおける薬物関連の死亡率は欧州で最も高いことが、最近発表された統計局のデータで明らかになった。その割合は次に高いスウェーデンやノルウェーといった国をはるかにしのぎ、英国全体の3.5倍を超える。

英国内の各地域における人口100万人当たりの薬物関連死者数(2019年)
英国内の各地域における人口100万人当たりの薬物関連死者数(2019年)

死者の多くは比較的年齢の高い薬物使用者で、ウェルシュ原作の映画の公開時は10代か20代だった。俗に「トレインスポッティング世代」と呼ばれる年代に属する人々だ。生涯を通じて薬物を乱用した結果、彼らの身体的健康はかつてのものではなくなっている。

しかし専門家は、スコットランドの薬物問題について、もっと複雑な背景があると指摘。該当するのは、世代を超えた貧困、政府による投資不足、供給網の変化だという。

年次報告書によると、昨年スコットランドで記録された薬物関連の死者は1339人。人口540万人の地域で、1日3人以上が死んだ計算になる。

スコットランドの薬物関連死者は、今や記録を取り始めた96年以降で最多の水準に達していると、報告書は述べている。

2020年、スコットランドの薬物関連死者は1339人と、1996年の5倍以上に増加した
2020年、スコットランドの薬物関連死者は1339人と、1996年の5倍以上に増加した

一方、スコットランドと同程度の人口を抱えるスロバキアでは、2019年の薬物過剰摂取による死者は34人だった。ただロバートソン氏は「欧州諸国の多くは死者数を非常に過小に評価している」と指摘。そうした国々では薬物問題に関する統計がスコットランドほどしっかりしたものではない可能性があるという。

スコットランドは住民1人当たりの薬物死亡率が欧州で最も高い。19年の死亡率は(15歳から64歳の)人口100万人中318人だった。次に高かったのはスウェーデンとノルウェーで、ともに同77人。スコットランドの統計局が明らかにした。

過去20年にわたり、スコットランドの薬物死者の平均年齢は32歳から43歳へと一貫して上がり続けている。報告書によれば、あらゆる薬物関連死の3分の2近くは35~54歳の人々に集中している。

年齢層別にみた2000~2020年までのスコットランドの薬物関連死者数
年齢層別にみた2000~2020年までのスコットランドの薬物関連死者数

報告書は、薬物に関連して起こる暴力、自殺、HIV感染、C型肝炎、肺がんなどによる死亡は検証の対象としていない。そうした死者は年間1000人に上る可能性もあると、ロバートソン氏はみている。

このほか、治療に取り組み、問題を乗り越えた薬物使用者もいる。薬物とそれに関連する領域の専門家で作る団体「スコティッシュ・ドラッグ・フォーラム(SDF)」の広報担当者、オースティン・スミス氏は「使用者らの非常に大きな回復力と、彼らを支えた医療サービスのおかげ」との見解を示す。

薬物をつぎ足す

「トレインスポッティング」は1980年代のエディンバラを舞台に、ウェルシュ自らが経験した地元での薬物事情をつづっていく。それはスコットランド並びに欧州のドラッグカルチャーにとって、極めて重要な意味を持つ時期だった。

80年代初め、「アフガニスタンとイラン産のヘロインが雪崩を打って西欧に入り込んだ。それらは誰が見ても極めて純度の高いものだった」と、ロバートソン氏は説明する。今日でさえ、年かさの薬物使用者は「それがいかに素晴らしい代物だったかを滔々(とうとう)と語る。純度50%のヘロイン。他のものと混ぜる必要などなかった」(ロバートソン氏)

最近のヘロイン使用者は、他の薬物をつぎ足して摂取することが多い。ロバートソン氏によれば、「薬物の陶酔効果を高めるためだ」という。確かに先々週の報告書では、全ての薬物関連死の93%について、検査の結果遺体から複数の薬物を検出したとしていた。

ヘロイン、メタドンなどの鎮静剤やベンゾジアゼピン(鎮痛剤の一種)が最も多く検出されたという。

各種の薬物が関与した死者数の推移(2015~20年)
各種の薬物が関与した死者数の推移(2015~20年)

複数の薬物の併用は極めて危険だと、SDFのスミス氏は警告する。「おそらく、使用者らは朝にヘロインを使い、午後になるとベンゾジアゼピンを使うという感じだろう。これらの薬物の複合効果は人を死に至らしめる」

過去20年の間に、薬物の違法供給はより大規模かつ複雑化した。以前であれば、人々はベンゾジアゼピンを正当に処方された人から盗むか、スミス氏いわく「借りる」かしていたものだった。現在は、「医薬品と同じ等級のベンゾジアゼピンをぎっしり詰めたプラスチック容器が大量に輸入され、各地の住民が犯罪組織経由でそれらをつかまされている」(スミス氏)

傷を負った世代

薬物の問題を抱えるスコットランド人に共通する要素は貧困だと、スミス氏は語る。

「彼らは貧困の中で育った」「薬物で金を使い果たして困窮するのではなく、元々金がない」

スミス氏によれば家庭での暴力、虐待、ネグレクト(育児放棄)といったトラウマ(心の傷)は世代を通じて受け継がれる。実際、現在ロバートソン氏が治療する患者たちが抱える薬物問題は、その両親らにみられたのと同じものだ。

そうした人々は医療サービスとのかかわりに乏しい、とスミス氏。また睡眠障害や不安にさいなまれる恐れがある場合は、自分で対処しようとベンゾジアゼピンを使用するようになるという。

スミス氏は「スコットランド人は大酒のみという固定概念には、幾許(いくばく)かの真実がある」「抑制薬への欲求は、スコットランド文化の中に存在する」と付け加えた。

スコットランドは「欧州の病人」とまで呼ばれる。死亡率が他の西欧諸国と比較して高いためだ。ロバートソン氏は「スコットランドが貧しい地域であるのは周知の事実」で、「薬物やアルコールを使用する人も多い。常にそうだった」と述べた。

それは結果的に、より多くの死者を出すことにつながる。

人間にとっての悲劇

しかし先々週発表された記録的な数字は、スコットランド自治政府の二コラ・スタージョン首席大臣(首相に相当)にとって新たな恥辱となった。スコットランド民族党(SNP)を率いる同氏は、2007年から12年まで、保健相を務めてもいる。

「これほどの数の命が薬物で失われるのは容認できない。一つひとつが人間にとっての悲劇だ」。スタージョン氏はそうツイッターに投稿。自治政府は「責任から逃げない。覚悟を持って状況を変え、命を守る」と付け加えた。

スコットランド自治政府は昨年、薬物政策に特化した閣僚としてアンジェラ・コンスタンス氏を任命。問題への取り組みを強化した。さらに今年に入ってから2億5000万ポンド(現在のレートで約382億円)の資金投入を約束し、薬物乱用がもたらす医療の緊急事態に対応するとした。

しかし同政府に対しては、これまで薬物やアルコール、精神衛生の公共医療への投資を大幅に削ってきたとする批判の声が上がる。一方で英国政府に矛先を向ける人々もいる。彼らは薬物使用者が安全に摂取できる状況(訳注:保護された空間で医師の監督の下、清潔な器具を用いるなど)を提供する施策に異議を唱える英国政府を非難している。

答えは治療へのアクセスと質の向上にあると、スミス氏は指摘する。SDFによると、スコットランドには問題を抱えた薬物使用者がおよそ6万人いるが、治療を受けているのはこのうち40%前後だ。これに対しイングランドでは、60%前後が治療を受けている。

スミス氏は、過去20年の間で少なくとも1つの前向きな変化があったとみている。それは薬物使用者に関する政治家の発言の仕方だ。以前なら「どの政党の政治家も、社会の主流から外れ、不名誉の烙印(らくいん)を押された薬物使用者のような人々の集団を擁護するのには慎重だった」。

「今の風潮はこうだ。『これはすべて我々の問題であり、ある意味、すべて我々の責任なのだ』」

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