パリ(CNN) ウクライナにおける戦争を直ちに停戦状態に持ち込むことは、事実上ロシアのプーチン大統領にとっての勝利を意味するだろう。
デービッド・A・アンデルマン氏
開戦から9カ月、ロシア側が抱いた迅速な占領への期待はものの見事に打ち砕かれた。同国の軍隊は、ウクライナ東部と南部に沿って伸びる1000キロ余りの戦線の各地で守勢に回っている。
なるほど、停戦や協議は現時点でロシアの指導者に可能な唯一の勝利への道かもしれない。彼の人的資源は疲弊し、武器の供給は先細りしている。
同時に西側諸国の意思も衰えつつあり、ウクライナにとって同様に害を及ぼしかねない状況となっている。プーチン氏がそれを当てにしているのは、まず間違いない。
「早すぎる停戦がもたらすのは、双方の再軍備だけだ」。シンクタンク、新米国安全保障センター(CNA)でロシア研究の責任者を務める第一級のロシア軍専門家、マイケル・コフマン氏はインタビューで筆者にそう語った。
「加えてロシアは現状最も不利な立場にあるので、停戦から最大の恩恵を被るのはロシアになるだろう。その後で戦争が再開される。つまりあらゆる停戦がもたらすのは、戦争の継続に他ならない。そんなことをしても戦争の根本的な問題は何も解決しない」。同氏はそう指摘した。
すでにロシアは再軍備を開始していると、専門家らはみている。コフマン氏によれば、「弾薬の供給力」は「この戦争の最も決定的な側面」だという。「900万発の弾薬を使い切った場合、1カ月でそれを作ることはできない。従って問題は弾薬の生産率と、それを集める能力だ」と、同氏は付言した。
コフマン氏が引用した入手可能な情報が示す通り、ウクライナの前線に沿って繰り広げられてきた交戦での主要な要素である軍需品は、ロシアにおける1日2交代制から製造される。一部の工場では3交代制も敷かれている。これは「ロシア側が構成部品を持っていることを示唆する。そうでなければシフトを2倍、3倍にはしないだろう」(コフマン氏)
とはいえ停戦や交渉については、米国及び西側の当局者の中にも現状での推進に熱心、あるいは少なくともその準備を整えている人々がいるようだ。
「交渉の機会があって和平を達成できる時には、そのチャンスをものにしなければ。きっかけをつかむのが大事だ」と、米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は最近述べている。
しかし、ウクライナのゼレンスキー大統領はこれを受け入れない。「ロシアに時間を与えて部隊を増強させるわけにはいかない」と、今月インドネシア・バリ島で開催された主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で強調した。
ウクライナ国民が過酷な冬への準備に入る中、ロシアは重要な電力インフラを攻撃している。彼らが外交論争に警戒感を抱くのも無理はない。
「ウクライナ人が交渉をどのように理解しているか想像してもらいたい」。ウクライナのポロシェンコ前大統領は21日、外交問題評議会(CFR)でそう訴えた。「自分の家でくつろいでいるときに殺し屋が入ってきて妻を殺し、娘をレイプし、2階に居座る。それから2階に続くドアを開けてこう言う。『オーケー、入って来いよ。交渉しよう』。あなたならどう反応するだろうか?」
現実には、交渉が絡むどうかにかかわらず、いかなる停戦も実質的な価値をほとんど持たない。停戦すれば、ロシアに一息つく時間を与える。軍事的に一段と追い詰められている同国はそれを是が非でも手にしたい状況にある。
「ロシア軍に再編と再軍備の時間を与えるのに加え、部隊に対する現時点での圧力が軽減される点も重要だ」。米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)の特別研究員を務めるミック・ライアン将軍は、電子メールのやり取りを通じて筆者にそう指摘した。「彼らは9カ月間にわたって苦境にある。兵力は疲弊しきっている」
こうした意見は先月、英国の情報機関、政府通信本部(GCHQ)のフレミング長官が口にしたものだ。「我々はロシア軍の物資と軍需品が底を突きつつあるのを知っている。戦場にいる同軍の司令官も分かっていることだ」
その後、ロシア軍にとって事態は改善していない。21日の英国防省の報告によれば「ロシア軍の防御並びに攻撃能力は依然として阻害されており、その原因は軍需品と練度の高い兵員の深刻な不足にある」という。ウクライナでのロシア軍に関して、同省が提供する情報は最新かつ最も正確な部類に入る。
また仏紙ルモンドは、現地の動画と衛星画像を使用した重要な分析を実施。「ロシア軍の武器と弾薬の備蓄が、ウクライナ軍による標的を絞った攻撃を受けて大幅に減少した」ことを明らかにした。
画像からは、「2022年3月以降、合計で少なくとも52カ所に及ぶロシア軍の弾薬の備蓄拠点がウクライナ軍の攻撃を受けた」ことが分かった。これはかなりの数だ。報告によるとウクライナの前線には、ロシア軍の備蓄拠点が100~200カ所あると専門家らはみている。
問題は、ロシア軍がこうした脅威をほぼ把握しているという点だ。「ロシア軍は見たところ、米国が供与した高機動ロケット砲システム「HIМARS(ハイマース)」の存在に適応している。戦場では、大規模な弾薬の備蓄拠点を射程外に移動させている」と、CNAの防衛プログラムの上級研究員であり、ゲーミングラボの共同所長でもあるクリス・ドハティー氏はインタビューで筆者に語った。
それは「基本的にあらゆる大規模な指揮所もしくは弾薬の集積所を、80キロの射程の外へと引き戻すことだ」と、同氏は説明する。多くの場合、その地点はロシアの領土のすぐ内側となる。ウクライナは米政府との約束で、供与されたロケットシステムを使ってロシア領を狙うことはないとしている。
ドハティー氏や多数の専門家らはしかし、停戦の実現の如何(いかん)にかかわらず西側諸国はウクライナ軍の能力の増強に動く必要があると確信する。
「そうしなければ、ロシアはただ現状をやり過ごすだけになる」と、ドハティー氏は強調する。今やウクライナ軍の秋の攻勢で押し戻された後、「ロシア軍の守るべき前線はより狭まっている」。
同氏はまた、ロシア軍にとって「動員兵と砲弾の応酬は望むところ」だと指摘。ロシア側の予想では、「時間と共に北大西洋条約機構(NATO)及び西側の同盟国、ウクライナはそうした応酬を続けるのに嫌気が差す。そして最終的に交渉せざるを得なくなる。それこそがプーチン氏の狙いだ。そこは完全に確信が持てる」と、ドハティー氏は述べた。
そうは言っても歴史が示すように、いかなる停戦協定をプーチン氏との間で交渉後に結ぼうと、結局それは無意味なものであることが明らかになるだろう。ポロシェンコ氏が以下のように述べている。「プーチン氏とやり取りを交わした個人的な経験から導ける要点の第一は、同氏を信用してはいけないということだ」。当然ながらプーチン氏本人は、ウクライナの支配権を握るという自らの最終的な目的にそぐわなければ、いかなる合意も守ることはないだろう。
現実問題として、米国と西側の同盟国に必要なのは長期的な視野だ。プーチン氏並びにクレムリン(ロシア大統領府)にいる同氏の潜在的な後継者と同じくらい、遠い先の未来を見据えなくてはならない。ここでの重要な問いかけは、果たしてどこまで戦闘に対する関与を貫けるのかということになる。
ドハティー氏が考えるロシア側の思惑はこうだ。「我々は前線を安定化できる。そしてウクライナ軍をやり過ごす。NATOも、米国もやり過ごす」
しかしある時点で、彼らもまたこの戦争に嫌気が差すはずだとドハティー氏は付言する。そうなると彼らの考え方は、次のように変わる可能性がある。「望んだものすべてが手に入るわけではないのかもしれない。それでも我々はドンバス地方のかなりの領域を獲得し、ロシアに編入するだろう。クリミア半島を手放すこともない」。現時点でロシア側はそのような見通しを立てていると、ドハティー氏は考えている。
同時に、停戦によって西側もまた、ウクライナへの物資の供与で急速に底を突きつつある武器庫の再建が可能になるだろう。さらに性能の高い兵器の供給もできるようになるとみられる。
しかし、戦争の再開が今から数カ月後あるいは数年後だとすれば、現実的な疑問が浮上する。果たして米国と同盟国は、その時再び対立状態に入る準備を整えるのだろうか。多くの人々がもう終わったことにしたいと思い始めている争いのために。
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デービッド・A・アンデルマン氏はCNNへの寄稿者で、優れたジャーナリストを表彰する「デッドライン・クラブ・アワード」を2度受賞した。外交戦略を扱った書籍「A Red Line in the Sand」の著者で、ニューヨーク・タイムズとCBSニュースの特派員として欧州とアジアで活動した経歴を持つ。記事の内容は同氏個人の見解です。