ウクライナ大統領、ロシアとの交渉示唆 前線の現実とトランプ氏復活の観測で
(CNN) ウクライナのゼレンスキー大統領は先週、いつになく抑制された口調で国民向けの演説を行い、ロシアとの交渉に前向きな考えを示唆した。ロシアによる全面侵攻を受けてから2年以上が経過する中、同氏がこのような姿勢を見せるのは初めてだ。
ゼレンスキー氏は今年11月の開催を見込む次回の平和サミットにロシアが代表団を送るべきだとの見解を示した。ロシアは先月スイスで開かれた前回の平和サミットには招待されていなかった。当時ゼレンスキー氏は、いかなる協議もロシア軍がウクライナから撤退した後でなければ実施できないと訴えていた。
ウクライナ政府は現在、二重の苦しみを味わっている。過酷な前線の戦況に加え、今後最も近しい同盟国からどれだけの支援を得られるかが政治的に不透明な状況にあるからだ。
ロシア軍によるウクライナ東部への進軍は、5月に米国製兵器の到着が始まると著しく速度が低下したものの、完全に歯止めがかかるには至っていない。ロシアは極めてゆっくりとしたペースながら、依然として領土を獲得し続けている。
同時に、ウクライナにとって最も親密かつ重要な同盟国の一部についても、ここへ来て支援への積極性を巡る疑問が浮上している。米国やドイツをはじめとするこれらの国々が引き続き当該の紛争に進んで資源を投入し、ウクライナ政府を支えてくれるのかどうか、明確な答えは出ていない。
ゼレンスキー氏は15日に記者団の取材に応じ、ウクライナが現時点で戦争に勝利できるだけの支援を西側から受けていないと発言。戦争の結果を左右するのはウクライナの国民や彼らの願望だけでなく、財政や兵器、政治的な支援にもかかっているとし、欧州連合(EU)及び北大西洋条約機構(NATO)、さらには世界が結束出来るかどうかによっても決まると述べた。
米国の駐ウクライナ大使を務めたジョン・ハーブスト氏は、ゼレンスキー氏の論調の変化について、米国での現在の動きに対する反応である可能性が高いと指摘する。
米国ではトランプ前大統領が15日、ウクライナ支援を強く批判するJ・D・バンス氏を11月の大統領選での副大統領候補に指名した。
ハーブスト氏はCNNの取材に答え、ゼレンスキー氏が今後成立し得るトランプ政権に働きかけ、交渉に前向きな姿勢を強調している可能性はあると述べた。ただその場合、あくまでも交渉内容が正当であることが条件になるという。
トランプ氏とゼレンスキー氏は19日に電話で会談。トランプ氏は「非常に良い電話会談だった」と振り返り、戦争の終結に向けた意欲を示した。ゼレンスキー氏も、公平かつ真に永続的な平和を可能にする方策について話し合ったと明かした。
受け入れられない条件
ロシアのプーチン大統領はこの数カ月、ウクライナとの交渉に臨む姿勢を繰り返し示しているが、そこで掲げる条件は、ウクライナ並びに西側の同盟国にとって全く受け入れられない内容だ。
プーチン氏によれば、ロシアがウクライナでの戦争を終えるには、ウクライナ政府がロシア政府の要求する4州(ドネツク、ルハンスク、ヘルソン、ザポリージャの各州)全土を割譲する必要がある。これらの州の大部分は依然としてウクライナの支配下にあるため、プーチン氏は事実上、ウクライナに対し領土を戦わずして明け渡すよう求めていることになる。
プーチン氏はまた、いかなる和平協定もウクライナがNATO加盟を断念することが条件になると明言している。ウクライナ政府はこの提案を「常識に対する攻撃」と呼んで反発している。
ただ王立国際問題研究所でロシア及びユーラシア向けのプログラムに幹部として携わるオリシア・ルツェビッチ氏は、プーチン氏が交渉への呼びかけを強化している点に関して、本人としても絶好の機会が閉ざされる可能性があるのを理解しているためだと指摘する。国の規模や強さでウクライナを相当程度上回るにもかかわらず、ロシアは領土に関する目標を依然として果たせていない。しかもこの間、ウクライナに供与される西側からの支援は限定的なものでしかなかった。ウクライナの首都を制圧する当初の企ては失敗に終わり、その後2年以上が経過しても前線の動きにそこまでの変化は見られない。
不確実な前途
5月には、米議会での政治的膠着(こうちゃく)状態による数カ月の遅れを経て、米国からの追加支援がウクライナの前線に届き始めた。同時にウクライナはようやく、一部の西側製兵器を使用してロシア領内の標的を攻撃することを認められた。もっとも攻撃が可能な状況は限定されており、対象地域もウクライナ国境の周辺に限られている。
この措置はロシア軍の進軍を遅らせることに寄与し、結果的にハルキウ州も再占領を免れた。とはいえ、ウクライナ軍に出来るのはあくまでも領土の防衛のみであり、そこから前進して現在ロシアの占領下にある地域を奪還するまでには至っていない。
今後ウクライナによる何らかの反転攻勢が成功するかどうかは、主に西側の同盟国からどれだけの支援を得られるかにかかってくるだろう。しかしその点に関しては、先週の米国での動きで不確実性が一段と強まった。
トランプ氏が副大統領候補に指名したバンス氏は以前、ウクライナはロシアと交渉するべきだと示唆。米国をはじめとする同盟国にはウクライナを助ける能力がないのがその理由だと述べていた。
トランプ氏も、自分なら「戦争を1日で終わらせるだろう」と主張。米国はウクライナに無条件で資金を送るべきではないとの見解を示している。
同じタイミングで、ウクライナにとって最大の支援国の一つであるドイツが、来年の軍事支援の規模を半減する計画を立てていることも分かった。一方で同国は、凍結したロシア資産の利子から500億ドルをウクライナが受け取ることで主要7カ国(G7)が先月合意しているため、ウクライナは必要とする軍事費の大半を賄えるとの見方も示唆している。
ウクライナにとって最悪のシナリオは、米国からの支援が止まり、欧州が支援を強化せず、ウクライナもロシアの凍結資産にアクセスできないという事態だ。仮にこれが現実のものになれば、ロシアはこれまでより格段に広い領土を獲得し始める公算が大きい。
ハーブスト氏は、11月の大統領選で民主党が勝利すれば、ウクライナを支援する現行の米国の政策は継続するだろうとみている。一方でトランプ氏が勝利した場合でも、同氏の国家安全保障担当チームに加わる人々はプーチン氏が米国の国益を直接脅かす存在だと理解するようになると指摘。彼らは政権の支援打ち切りによってウクライナが崩壊した場合、米国に重大な影響が及ぶことを考慮するだろうと予測した。
ハーブスト氏の見解では、たとえ戦前の領土を全て奪還しなくても、ウクライナ政府は一定の正当性をもってこの戦争での勝利を口にすることが出来る。そのための条件は、経済的な独立と国家としての安全性を十分に取り戻すことだという。
「ただ安全な国家であるためには、とりわけ現状の環境下では、ウクライナのNATO加盟が必須だ。これが真に検討されるなら、米国の全面的な信頼と後押しを得る形で、理論上は安定的な平和がもたらされる可能性があると考えている」(ハーブスト氏)