ウクライナ越境攻撃のクルスク、第2次大戦では独ソ戦の激戦地
今日のクルスク戦場
ウクライナ軍が今月6日に越境してクルスク州に入ったとき、1943年のドイツにはなかった優位点が一つあった。奇襲だ。
攻勢は完全に秘密裏に計画され、兵士の動きも守備陣地への増援か、ウクライナ国内の演習であるかのように見せかけられた。
マンスール氏によると、ロシア側のクルスクを守る備えは十分ではなく、ウクライナから奪取した領土とは事情が異なっていた。
実は、ロシアがウクライナ東部ドンバスの占領地域に設けた防御(塹壕や地雷、火砲や装甲車の支援を受ける対戦車兵器からなる)は、1943年のクルスクにおけるソ連の防御によく似ている。
「ロシアは戦争のやり方をそれほど変えていない」とマンスール氏は指摘する。
そして、この点がウクライナに有利に働いている可能性があるという。
ウクライナは歩兵と長距離砲、航空機を相互支援のために連携させる諸兵科連合戦を駆使し、ロシア国内に機動空間をつくりだした。以前のウクライナ軍ではなしえなかったことだ。
「これが戦況を大きく変えている。少なくとも、前線のこの地域では」(マンスール氏)