中国でペット産業が急成長 背景に癒やしを求める孤独な人々の存在
北京(CNN) 中国・北京在住のリ・チャオさんがある晩、仕事から帰宅すると、愛犬のジョジョが床の上で死んでいた。この愛犬の死が、リさんの人生を大きく変えた。
愛犬を失ったリさんはひどく落ち込んだ。リさんにとってジョジョは子どもであり、親友だった。さらに悪いことに、ジョジョにふさわしい葬儀場が見つからなかった。
そこでリさんは、ペット向けの葬儀場を自ら開設した。中国では今、ペット産業が盛んで、数十億ドル規模にまで急成長している。
北京やその他の都市に犬や猫といったペットがどのくらい存在するのかについて、公的に入手可能な政府統計は存在しない。
しかし、ペットフェアアジアなどが発表した中国のペット産業白書によると、中国の犬と猫の数は2019年に8%以上増え、1億匹弱に達したという。
葬儀業を営むリ・チャオさん/CNN/Ben Westcott
ペットを飼う人が急増した主な原因は、中国の人々が豊かになり、自分が喜びを感じる物にお金をかけられるようになったためだ。
しかし、この傾向には負の側面もある。ペット産業白書の調査で、ペットを飼っている人の約5人に1人が精神的支えとしてペットを購入したと回答し、その数は前年から約2割も増えた。中国政府によると、うつ病や不安症を患っている人の割合は全国的に増えているという。
リさんは、ジョジョは自分にとって単なる犬ではなく、家族のいない都市で自分を支え、愛してくれる存在だったと語る。
リ・チャオさんの会社が葬儀を行ったペットたち/CNN/Ben Westcott
「北京に住む人の多くは北京出身者ではない。その大半は北京で勤務している若者だ。彼らは故郷を離れ、周りに家族がいない」とリさんは言う。
数十億ドル規模のペット産業
中国では珍しくないが、中国共産党はペットの所有についても厳しく規制している。
1994年以前は、北京で犬の所有が厳しく禁止されていた。当時、犬を飼うことは気ままな「ブルジョアの娯楽」と考えられていた。しかし、その規則もここ数十年で徐々に緩和された。
ペット産業白書によると、ペットを所有する人の数は中国全体で7300万人以上に上ると見られており、犬猫向けのサービスを提供する業界だけでも、その市場規模は280億ドル(約3兆円)に及ぶ。
その巨大なペット産業の中心が北京だ。ペット産業白書の編集者リリー・チャン氏は「北京市内の新しいペットショップはここ3年で6割増加した。今や、ペット美容室、ペットケアサービス、ペットホテル、ペット公園、ペット写真店、ペット葬儀場など、さまざまなペット専用サービスが存在する」と語る。
北京には室内に庭園や蒸留水を使ったスパを備えた最高級ペットホテルや、ペットを写真映えさせるための高級美容室や写真サービスも出現している。
北京市内の猫専用ホテル「キャッツビラ」のマネジャー、チョウ・シュさんは、人々がペットにかける金額の大きさに驚くという。「ペット産業はさらに成長している。自分の収入の範囲内である限り、誰もが自分の猫にもっとお金をかけたいと考えている」とチョウさんは言う。
猫専用ホテル「キャッツビラ」のマネジャー、チョウ・シュさん/CNN/Ben Westcott
中国国営メディアによると、ペットを失った飼い主の中には、ペットの葬儀に1000ドル(約11万円)以上かける人もいるという。
自ら葬儀場を開設して4年が経過したリさんは、ペットを失った飼い主のために週に3回ほど葬儀を行っている。飼い主は一様に、かわいがっていたペットを失った悲しみでひどく落ち込んでいるという。
リさんによると、このペット向け葬儀サービスからの利益はさほど多くないという。それでもリさんがこの仕事を続ける理由は、ペットに別れを告げる機会を飼い主に提供することが大切と考えているためだ。
精神衛生の危機
動物が人々のストレスや不安を軽減する有効な手段であることは、全世界の多くの研究で証明されている。そして中国政府によると、中国では精神衛生上の問題が全国的に増加傾向にあるという。
健康関連当局が昨年発表した報告書によると、うつや不安障害の患者数は中国全土で数千万人に上る。
ペットフェアでドレスアップした犬/Visual China Group/VCG via Getty Images
中国政府は、国民の健康増進を目的とした国家計画「健康中国行動」の一環として、精神衛生に関する啓蒙(けいもう)活動を展開しており、カウンセリングサービスを拡大している。
中国政府の干渉もペットを飼う人が増えている要因のひとつかもしれない。中国政府が「一人っ子政策」を通じて何十年にもわたり出生率を抑制した結果、孤独な年老いた両親と兄弟姉妹のいない世代を生み出した。
「中国では出生率が減少し、一人っ子や高齢者が一人暮らしをしている。彼らは、親交や心の支えを必要としている」とチョウさんは言う。
ペット葬儀業を営むリさんも「人々のペットに対する考え方は大きく変わった。昔は、人が何かをする時に役立つ道具のように思われていたかもしれない。しかし、今、人々は、ペットを人や友人のように扱いたいという気持ちが強くなっている」と述べた。