重要な南極の海洋循環に崩壊の恐れ、地球温暖化の進展次第で 科学者らが警告
豪州・ブリスベン(CNN) 南極の氷の融解は単に海面上昇を引き起こすだけでなく、深海水の循環も遅らせることが分かった。地球規模の気候と海洋生物に極めて多大な影響を及ぼすことになると、新たな研究論文が警鐘を鳴らしている。
研究論文は豪ニューサウスウェールズ大学の科学者らが主導し、29日発行の英科学誌ネイチャーに掲載された。査読済みの研究は南極の氷の融解が深海流にもたらす影響をモデル化。これらの海流は栄養物を海底から押し流し、海面近くの魚に届ける役割を果たす。
3年に及ぶコンピューターモデリングの結果、南極における海洋の深層循環はこのままいくと2050年までに42%遅くなることが分かった。これは世界が引き続き化石燃料を燃焼させ、高い水準での地球温暖化を引き起こす状況を想定している。
循環が遅くなれば氷の融解は速まるとみられ、数千年にわたり生物の営みを支えてきた海洋システムが終焉(しゅうえん)を迎える恐れも出てくる。
オーストラリア研究会議(ARC)の南極に関する研究機関で幹部を務め、今回の研究論文にも携わったマシュー・イングランド氏は「我々の立てた予測によると、南極の深層循環は今世紀中にも崩壊しそうだ」「過去において、こうした深層循環の変化は1000年ほどの年月をかけてもたらされた。現在我々が言及する変化は数十年で起きている。従ってかなり劇的なものだ」と述べた。
最近の研究の多くは「大西洋子午面循環(AMOC)」に焦点を当てていた。この海流システムは温暖な海水を熱帯から北大西洋に運ぶ。冷たく塩分濃度のより高い海水は沈んでいき、南へと流れる。
一方、南極海の深層循環はそれほど研究が進んでいなかったが、栄養分の豊富な海水を南極から北へ動かす上で重要な役割を果たしている。論文著者らの説明によれば、この海水はニュージーランドを過ぎて北太平洋、北大西洋、インド洋に流れていくという。
深層循環は海の健康状態にとって不可欠と考えられており、大気中から吸収した二酸化炭素を隔離する上で重要な役割を果たす。
報告によれば、AMOCの遅れは大西洋深部の水温低下を意味するのに対し、南極の深層循環が遅れると南極海最深部の海水は温められるという。
結果的に南極周辺の棚氷の下部で海水温が上昇し、氷の融解に拍車がかかると、イングランド氏は危惧する。
海洋システムが健全な状態であれば、南極の氷が融解し、冷たく塩分を含んだ高密度の海水が海の最深部まで沈む。そこから北へ移動する際には二酸化炭素と高濃度の酸素を運んでいく。
北上に伴い、海流は海底の堆積(たいせき)物を攪拌(かくはん)。分解した海洋生物の残骸からなるこれらの物質は栄養に富み、食物連鎖の最下層に位置する生物の餌になると科学者らは説明する。
豪州大陸の南や熱帯をはじめとする特定の海域では、こうした栄養豊富な低温の海水が湧昇(ゆうしょう)と呼ばれる現象によって海面方向に移動してくる。この動きで海洋のより浅い層に栄養物が届くとイングランド氏は述べた。
しかし29日の論文では、地球温暖化に伴い融解した海氷の影響で、南極周辺の海水の塩分濃度が低下。水温も上昇することが分かった。これでは海水の密度が上がらず、従来のように効率よく海底に沈み込むことがなくなる。
論文の共著者で豪連邦科学産業研究機構に所属するスティーブ・リントール氏は、深層循環がもたらす栄養物の海面近くへの移動に言及。世界中の海洋生物がこれらの栄養物に依存しているとした。
その上で、密度の大きい海水の南極周辺での沈み込みは50年までに4割の低減が見込まれ、同年から2100年までの間に海面の生産性への影響が確認できるようになるだろうと予測した。
論文著者らはこのほか、南極の深層循環が遅れる影響として、熱帯地方の降雨帯が最大1000キロ移動する可能性もあると述べた。イングランド氏によるとその場合、熱帯地方の降雨量は赤道の南側で減少する一方、北側では増加すると考えられるという。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は最近、温暖化による影響は予想より厳しく、すぐに対応しなければ不可逆的な結果に近づくと警告した。産業革命以前からの気温上昇を1.5度以内に抑える目標はまだ達成可能だが、二酸化炭素の排出削減が進まない期間が続くほど達成は困難になるという。
イングランド氏はこうしたIPCCの予測が南極棚氷の融解を踏まえていないと指摘。「これは南極周辺で既に進行している変化の極めて重要な部分の一つであり、今後数十年でさらに増える」と強調している。