(CNN) 米アップルが謝罪している。新製品「iPad Pro(アイパッド プロ)」の宣伝動画で、強力な液圧プレスが文化や人々の体験を構成するあらゆる要素を押しつぶし、極薄の端末に変える映像を流したのは、ちょっとばかり検討が不十分だったかもしれないと。
ソニー&シェールの往年の楽曲「All I Ever Need Is You(必要なのはあなただけ)」がバックに流れるこの宣伝動画は、人類の創造性の破壊を賛美しているように見える。映像ではピアノや彫像、あらゆる種類の画材、カメラ、テレビその他が容赦なく押しつぶされていく。
ビル・カーター氏/Bill Carter
宣伝動画に対して即座に憤りの声が噴出すると、アップルの広報担当副社長トール・マイレン氏はこう言った。「今回の動画は的を外した。申し訳ない」
同氏が言わなかった、というより口にせずに済んだ言葉はこうだ。「目的は果たした」
目的とは、芸術や文化にまつわるこうしたありとあらゆる要素がたった一つの、羽毛のように軽いアイテムの中に凝縮できると伝えることだ。アイテムは紙皿みたいに、どこへでも持ち歩ける。
恐らくは「押しつぶす」の方が、「凝縮する」よりも言葉として正確かもしれない。何かを凝縮する場合、対象が持つ本来の状態は程度の差こそあれ保たれる。一方で何かを押しつぶす、踏みつぶす、粉砕する場合、それは対象を完全に消し去ることを意味する。
確かに芸術の世界に身を置く多くの人々は、アップルのクック最高経営責任者(CEO)が発した健全なメッセージを受け入れなかった。クック氏はX(旧ツイッター)への投稿で、新たなテクノロジーの驚異について説明。「今後それ(iPad Pro)を使うことで、どれだけのものを創り出せるか想像してみてください」
一般論として、創造は必ずしも破壊を必要としない。恐らく例外はあるだろう。英ロックバンド、ザ・フーのライブの終わりに、ピート・タウンゼンドがリッケンバッカーのギターをアンプにたたきつけるケースなどがそうだ。
俳優や監督、作家、学者らはアップルの宣伝動画に怒りを表明した。映像を見て心が傷ついたのは、彼らの多くがやむを得ない事情で抗議デモやストライキに参加しているからだろう。理由は生活費の高騰や企業合併、一時解雇、芸術業界での採算の取れる仕事の減少などが絡み合っているが、全てはある将来の展望に結びつく。そこで彼らは一人残らず、コンピューターが生成した各々の別バージョンに取って代わられてしまうのだ。
筆者が気に入ったのは、脚本家のエド・ソロモン氏によるXへの投稿だ。「人生や、生きる価値を教えてくれる一切の物事など必要か? いいからこのデジタルの幻影に飛び込んで、魂をよこせ。アップルから」
これはアップルが伝えたかったメッセージではないだろう。アップルの意図が自らの存在理由の追求にあったのは間違いない。それは先進的なテクノロジーを駆使し、人生のあらゆる側面で人々がより簡単に目的を果たせるようにすることだ(加えてアップルに収益をもたらすこと)。
そしてアップルがその目標を達成する見込みは十二分にある。テクノロジーの進歩には必ずと言っていいほど熱烈な消費者が付く。今や彼らは、この極薄のiPad Proの威力を目の当たりにした。
間違いなく彼らは、製品が市場に出回るや直ちに入手したいと願うだろう。俗に言うように、金持ちとスリムになるのに越したことはないのだから。
しかし当の宣伝動画は、思慮深い世界の大半にとって一段の警告を発するものでしかない。そこでは既に人工知能(AI)の発達による緊迫感が漂っている。AIは創造性を発揮する人、さらに言えば人類全体を脅かす存在だが、どのように脅威をもたらすかは最も熱心な提供者ですら完全には理解していないようだ。我々はこのまま「トワイライト・ゾーン」の皮肉な最終話の登場人物となってしまうのだろうか。自らの手で作り出したものに征服されてしまうのか。
現在起きている不安や恐怖を考慮すれば、アップルの宣伝動画は感度が鈍いどころではなく、もはや無感覚に陥っている。その中身はまるで、人類の偉業を石器時代にまで格下げしているかのようだ。音楽も美術も文学も、全部忘れてしまえ。「All I Ever Need Is You(必要なのはあなただけ)」、アップル。
バックに流れる歌は、1971年最大のヒット曲だ(人類の創造性の最も偉大な事例とまではいかなくても)。この曲に合わせて塗料缶が爆発し、楽器が壊れてばらばらになる様子が映し出される。宣伝動画の中でかかると、小粋なラブソングというよりもしゃれのきいた、ちょっとした脅し文句のように聞こえる。
ここにソニー&シェールの歌詞を合わせてみよう。「虹を追いかける男もいるらしい(中略)私に必要なのはあなただけ」
宣伝動画のメッセージは、はっきりしている。「虹なんてどうでもいいからアップルを買え」
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ビル・カーター氏は米紙ニューヨーク・タイムズで25年以上、メディア業界の報道に携わってきた。CNNにも寄稿し、テレビに関する4冊の著作を出版している。記事の内容は同氏個人の見解です。