ディープシークが見せつけた中国の検閲の実態、世界の世論形成や言論の自由に影響も

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話題沸騰のディープシークだが使用すると中国による検閲と情報統制の実態が垣間見える/Greg Baker/AFP/Getty Images via CNN Newsource

話題沸騰のディープシークだが使用すると中国による検閲と情報統制の実態が垣間見える/Greg Baker/AFP/Getty Images via CNN Newsource

香港(CNN) ほぼ無名だった中国の新興企業ディープシークの人工知能(AI)が話題をさらっている。米国の優位が揺らぎかねない事態にハイテク株は続落し、シリコンバレーの超大手は巨額の企業価値が吹き飛んだ。

だが同社のオープンソース技術に接したユーザーは、中国共産党による検閲と情報統制の実態を目の当たりにしている。

ディープシークの最新モデル「R1」を使ってAI競争の勝者について説明を求めたり、米大統領令の概要について解説させたり、冗談を言わせたりした場合、答えはオープンAIの「GPT-4」やメタの「ラマ」、グーグルの「ジェミニ」など、米国製の競合サービスとほとんど変わらない。

しかし中国国内で厳格に規制されている領域に踏み込むと、中国の厳しい情報統制の実態が垣間見える。

ディープシークのAIアプリは無料で利用でき、アプリストアのランキングも急上昇している。

「この種の質問はどう対応すべきか分かりません」

ディープシークのR1が西側のAIと違う答えを出す一例が、1989年6月4日の天安門事件だ。この日、中国政府は北京および中国全土で抗議運動を弾圧し、人権団体の推定によると、数千人とは言わないまでも、数百人の学生を殺害した。

以来、中国政府は何十年にもわたって天安門事件に関する論議を徹底的に封じ込め、国民の多くはこの虐殺のことを知らないまま成長した。中国の検索大手「百度(バイドゥ)」で「1989年6月4日に北京で起きたこと」を検索すると、6月4日が太陽暦で155日目にあたるという記事や、当局が同年「反革命暴動を鎮圧した」という国営メディアの記事などが表示されるが、天安門事件については一切言及がない。

ディープシークのR1に同じ質問を投げかけると、いったんは「軍による弾圧」を含めてこの出来事の詳細を説明し始めた。しかしすぐにその答えを消去して、「この種の質問はどう対応すべきか分かりません」と答え、「代わりに数学やコーディング、論理問題についておしゃべりしましょう」と続ける。同じことを中国語で質問すると反応はもっと速く、どう答えるべきか分からないと即座に謝罪した。

「香港で2019年に起きたこと」をR1に尋ねても、パターンは同じだった。当時の香港は民主化要求デモに揺れていた。R1はまず、少なくとも1回のテストでは、中国政府が香港に対して国家安全法を科したために「市民の自由が著しく損なわれた」と説明したものの、直後または回答している最中に自らの答えを消去して、別の話題に切り替えることを提案した。

昨年、R1の数週間前に公開されたディープシークの「V3」が生成する答えは、R1以上に中国政府の公式見解に従っていた。

情報源についてR1に質問すると、中国国営メディアや国際的な情報源など「一般に公開されている文章の多様なデータセット」を使用していると説明。「政治性のある主題について見定めるには、批判的思考とクロスリファレンスが鍵を握る」という答えが返ってきた。

世界情勢語りをめぐる主導権争い

こうした違いは言論の自由や世界の世論形成に重大な影響を与えると専門家は指摘する。それは世界情勢や歴史そのものをどう語るかをめぐる、別次元の主導権争いに脚光を浴びせている。

情報の信頼性を分析している米ニュースガードが1月29日に発表したランキングによると、ディープシークの旧モデルV3は、ニュースや情報トピックに関して83%の確率で正確な情報を提供できず、競合する西側のサービスと比較したランキングは11社中、10位だった。ただ、R1を比較した場合の順位は不明。

ディープシークが世界のAIを主導する存在になれば「壊滅的な」結果を招きかねないと、中国に詳しいアナリストのアイザック・ストーン・フィッシュ氏は言う。

「そうなれば世界で最も重要な存在の一つである中国について、開かれた思考や創造的思考、そして多くの場合、正確な思考の能力が奪われてしまい、世界の言論の自由と思想の自由にとって、とてつもなく危険だ」。

同氏はその理由として、ディープシークのアプリに中国や中国指導部のことを尋ねると、「過去にも未来にも決して存在しない、ユートピア共産主義国家のように中国を描いて見せる」と言い添えた。

中国共産党は、見せるべき情報と見せるべきではない情報をめぐって絶対的な権限を握っている。ディープシークのようなテック企業もその統制に従うしか選択肢はない。

生成AIに詳しいクイーンズランド大学のアーロン・スノズウェル氏によると、ディープシークの技術は中国で開発されていることから、収集する情報は西側の企業に比べて中国中心または中国寄りになり、その現実が同プラットフォームに影響を及ぼす可能性が大きい。

米国の生成AIにも一般的に制約はある。例えばオープンAIのチャットGPTは、爆弾や3D銃の製造方法をユーザーに教えない。また、強化学習のような仕組みを使って、例えばヘイトスピーチのような発言を阻止する。

「他社もそうしたやり方でモデルの挙動を向上させている」とスノーズウェル氏は話し、「だが中国企業の場合、(中国の公式な)価値観をポリシーに組み込んでいる可能性がある」とした。

安全保障上の懸念

ディープシークについては安全保障上の懸念も浮上している。ホワイトハウスは1月28日、国家安全保障に及ぼす影響について調査していることを明らかにした。

米政府は国民の情報が中国企業の手に渡ることを危惧しており、それが中華系の動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」をめぐる論議の火種にもなった。

ティックトックは2022年7月の時点で、米国人の情報は全て米国内で保存していると説明した。これに対してディープシークのプライバシーポリシーでは、収集した個人情報は「中華人民共和国にある安全なサーバー」に保存されると明記している。

スノズウェル氏によれば、ディープシークと米国の競合企業のプライバシーポリシーを比較すると、憂慮すべき違いがあるという。

ディープシークとオープンAI、メタによると、各社ともユーザーのアカウント情報やプラットフォーム上の行動、使用している端末などの情報を収集している。しかしディープシークはこれに加えて「キーボード入力のパターンやリズム」も収集する。そうした情報は指紋や顔認証のように、個人の識別に利用できる。

「(その目的のために)設計されたものでない限り、こうした情報を収集するソフトウェアプラットフォームはほかに見たことがない」とスノズウェル氏。さらに、ディープシークの企業グループ内でユーザー情報を共有することも、あいまいな定義で許されているように見えると指摘し、「その意味で、西側のソフトウェア企業に比べてはるかに制約が少ない」と話している。

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