セクシーシェフの料理動画、フォロワーを集める理由は ネットの飽くなき欲望に照準
また当然ながら、レイノルズ氏が指摘するように、ロマンス小説や雑誌「プレイガール」のようなメディアを通じて、女性が男性を性的に捉えてきた長い歴史も存在する。これらの料理動画はそうした性的視線を助長するもので、手や背中、肩をクローズアップしたり、クリエーターによる食材の愛撫(あいぶ)を強調したりする場面が目立つ。
すると、こうした動きに感情投影して、自分の背中をさすったりお尻を軽くたたいたりする恋人の姿を想像しやすくなる。「私、マンゴーになったみたい」「生地になりたい」といったコメントが寄せられる理由はここにある。
「そこには(視聴者が)動画の一員として足を踏み入れ、シェフの行為と性的に結びついているように感じられるエロチックな想像の世界が広がっている」とレイノルズ氏は指摘する。
「これは親密な経験だ」とランデロヤーン氏。「私は自宅で本当に素敵な甘い、おいしい料理をつくる。視聴者はそれを私と一緒に体験しているような気持ちになれる」
動画の魅力がすべて、イケメンシェフという1点に帰着するわけではない。選曲、カメラアングル、食材そのもの――あらゆる要素が組み合わさって絶妙の雰囲気を醸している。動画の尺は短く、大半は2分未満だが、ランデロヤーン氏もロレンツェン氏も、レシピの考案から料理、撮影、編集まで含めると最大4日かかると話す。あの親密さを生み出すには、それだけの手間がかかるのだ。
やはり売れるセックス、行為そのものが減っても
ロレンツェン氏は今やSNS有数の人気を誇る料理系クリエーターだが、33歳の彼がインスタグラムに動画を投稿し始めたのは2021年のことだ。その後TikTokにも参入した。当時は、将来のレストラン開業を見据えたレシピやアイデアのたたき台としてSNSを活用していた。成功した今でも、いつか自分の店を開くための足がかりという考えは変わらない。
自分がつくる動画には最初から「官能的な雰囲気」があったと、ロレンツェン氏は振り返る。含みのあるキャプション(「抹茶ティラミス、彼女がため息を漏らすのはこれだけじゃない」)にウインク、性的なニュアンスを露骨にほのめかす場面。その狙いはデートの夜の情景を模倣することだ。ロレンツェン氏にとっては、「ネットフリックス・アンド・チル」よりも「クック・アンド・チル」の方が自然に感じられたという。
こうしたコンテンツを「気持ち悪い」と切り捨てるのは簡単だが、人々は見るのをやめられなかった。現在では、ビーフ・ウェリントンのような華やかな料理から高級デザートまで、ロレンツェン氏が投稿する動画の視聴数は最低でも10万回を超える。だがおそらく、成功を示す最大の指標は、ロレンツェン氏に追随するクリエーターの数だろう。ランデロヤーン氏は22年に自身の「前戯」的な動画を始め、23年には「キングクックス」のレイ・ジーン氏も参入。それ以降も多種多様なバリエーションが登場して、程度は様々だが成功を収めている。
「料理を中心に生まれたこうしたトレンドをきっかけに、他の男性インフルエンサーもまねし始めた。料理の腕前そのものではなく再生回数、もしかしたら女性視聴者とのやり取りが目的になっているのかもしれない」とロレンツェン氏。「それについてどう感じればいいのか、私には分からない」と話す。
一つはっきりしているのは、人々は興味を抱いていて、セックスはいつの時代も売れるということだ。
現代のセックスはただ姿を変えているだけ
こうした料理動画が現代について何か一つ浮き彫りにしているとすれば、それは性的なコミュニケーションのあり方が変化しつつある点だろう。
若者は「性への関心が薄い」というレッテルを貼られがちだが、実際は違う、とレイノルズは言う。そうではなく、上の世代と比べると、若者が性を経験する方法は「メディアに大きく媒介されたもの」になっているのだ。