日本人の変わらぬハワイ愛、そのルーツを探る
またハワイアンレストランも日本全国にある。
千葉県八千代市にあるハワイアンをテーマにした家庭的なレストラン「プナルウ」には、米国やハワイにちなんださまざまな品が飾られている。
オーナー兼シェフの野中祐次さん(57)は脱サラし、14年前に妻の清美さん(50)とこのレストランを始めた。清美さんは18歳の時、職場の旅行中にハワイ、特にフラダンスに魅了され、18年前に自身のフラスクールを開業したという。
関係性のルーツ
東京大学大学院情報学環・学際情報学府の教授で、米国・ハワイと日本の文化的関係を研究している矢口祐人氏によると、19世紀初頭に多くの日本人がハワイに移住したため、ハワイは日本人旅行者にとってなじみのある、旅行しやすい場所になったという。
米国勢調査局が実施した米国コミュニティー調査(ACS)のデータによると、2016年から20年にかけての調査では、ハワイ在住者のうち日本人あるいは日本人の血を引く人の割合は22.3%に上った。
日本では、第2次世界大戦後、約20年間、海外留学プログラムや出張以外の海外レジャー旅行が禁止されたが、その渡航禁止令が解除されると、ハワイは日本人に最も人気のある旅行先のひとつとなったと矢口氏は言う。
スパリゾートハワイアンズは日本初のハワイ風リゾートとなった/Spa Resort Hawaiians
また日本人はたとえハワイに行けなくても、ハワイを夢見た。
福島県の常磐地区にある温泉テーマパーク、スパリゾートハワイアンズは、渡航禁止令の解除後に設立された「疑似ハワイ」の典型例だ。
1960年代に石炭産業が衰退したため、地元の炭鉱業会社は、雇用を守り、地元経済を復興させるために観光業に移行した。同社が建設した日本初のハワイ風リゾート施設には温水プールやヤシの木が配置され、ハワイからエンターテイナーたちが招かれることさえあった。
そして80年代には好景気に加えて円高が進み、バブル経済の絶頂期だった90年代にかけて、ハワイは日本人にとって手頃な旅行先となった。
ハワイは90年代に日本人にとって「ビーチ天国」や「買い物天国」になったが、その後ハワイに対する日本人の見方が変わり、買い物天国というより一種の癒やしの場になったと矢口氏は言う。
Da Plate Lunch 808のオーナーは、自分がハワイを訪れた時のようなプレートランチを日本で再現したいと思い立った/Kathleen Benoza
皿の上の安らぎ
プレートランチはハワイの多文化背景の産物であり、通常は1枚の皿に2スクープの白米、マヨネーズをたっぷり使った付け合わせのマカロニサラダ、さらに一般にとろりとした濃厚なグレイビーソースがかかったお好みの肉料理が載っている。
千葉県佐倉市にあるプレートランチレストラン「Da Plate Lunch 808」のオーナーの御園明弘さんは、ハワイを訪れた際にプレートランチの虜(とりこ)になったが、日本に自分がハワイで食べていたようなプレートランチを出す店が少ないと感じ、自らレストランを開業したという。
店内にはハワイで放送されているラジオ番組が流れ、アロハシャツを着て来店する客も多い。