黒海上空(CNN) 高度3万フィート(約9140メートル)を飛行する米軍哨戒機の内部で、海軍所属の乗組員が突然立ち上がり、大型の窓の方に駆け寄った。
乗組員が機外を指さす。取材班がそちらに目をやると、青と白の塗装を施した双発戦闘機の機体が左翼の先に一瞬だけ見え、すぐに視界から消えていった。「ここクリミア半島周辺では、米軍は慎重に行動すべきだ」――。そんな警告を発してロシア空軍機がかすめていったのである。
この地域は軍による厳戒態勢が敷かれている。米軍は黒海上空の公空で定期的に今回のような哨戒活動を行っているが、ここ最近は米国や地域同盟国とロシアとの間の緊張が再燃しつつある状況だ。
多用途海洋哨戒機「P8Aポセイドン」。対潜戦闘や監視、偵察、捜索・救助活動を専門とする/Vasco Cotovio/CNN
今回の接近は安全だった。米軍によると、黒海上空で米軍機が行う哨戒活動のうち、90%はロシア機のインターセプト(要撃)を受けるものの、大半のケースでは問題は発生しないという。とはいえ、油断はできない。
「最大のリスクは判断ミスだ。これらの哨戒機に対し、ロシア側は頻繁にインターセプトを仕掛けてくる」。海軍第67任務部隊の代将を務めるティム・トンプソン大佐はそう語る。「彼らは大抵、プロとして安全な行動を取るが、時にプロ意識に欠ける場合もある」
米軍は毎週数回、ロシアに対する示威行為を実施し、北大西洋条約機構(NATO)の地域同盟国に目に見える形で安心感を与えており、今回もその一環だった。
P8Aの乗組員が同機のカメラやレーダーを使って、ロシアの航空機や艦船がいないか確認する様子。今回の飛行ではロシアの艦船10隻と航空機7機を探知した/Vasco Cotovio/CNN
米海軍の哨戒機P8A「ポセイドン」の操縦席では、パイロットのダニエル・ルドン大尉が、こうした接近によって緊張を強いられる理由を解説してくれた。
「他の航空機が何をしているのか本当のところは分からない。パイロットが予想不能な行動を取るかもしれないし、もしかしたら新人パイロットかもしれない。難しい局面になる可能性は常にある」(ルドン氏)
ロシアの戦闘機は高速で機動性が高く、瞬時に方向や高度を変更できる。
一方、P8Aは世界有数の人気機種であるボーイングの737旅客機を基にした機体だ。反応が良く、操縦していて楽しい航空機だとルドン氏は語る。
ただ、P8Aの機動として想定されているのは水平直線飛行であり、うなりを上げる戦闘機との接近には向いていない。
米空軍のB52爆撃機は8月28日、まさにそうした事態に直面した。ロシアのSu27戦闘機2機が黒海上空で同機の前を横切ったのである。
P8Aの窓から見たクリミア半島のセバストーポリ。同市はロシア黒海艦隊の母港となっており、米海軍はここに配備されたロシア軍のアセットを監視している/Vasco Cotovio/CNN
その3カ月前の5月26日には、ロシアのSu35戦闘機2機がP8Aを挟み込むようにして飛行し、64分間にわたり同機の動きを制限した。ただ、ロシア国防省は米国側の主張をたびたび否定している。
ロシアの攻撃的とされる行動を受け、ただでさえ複雑な黒海上空の地政学的環境はさらにリスクを増した。ブルガリアやルーマニア、トルコのようなNATOの同盟国にとって、黒海は重要な海上交通路となる。ウクライナとジョージアにとっても黒海は重要だが、この2カ国とロシアの紛争は解決には程遠い。
ロシアは2008年にジョージアに侵攻し、独立を目指すアブハジアや南オセチアの分離主義勢力と今なお密接に連携している。14年にはウクライナのクリミア半島を占領・併合した。
米海軍要員がP8Aのカメラを使って、黒海を航行するロシアのキロ型潜水艦を追跡する様子/Vasco Cotovio/CNN
在欧米海軍の作戦責任者アンソニー・カルロ少将は、ロシアは黒海のみならず地中海やバルチック海、バレンツ海、北極海でも活動を増やしており、今回のような作戦はますます重要性を増していると指摘する。