破壊された町、東部前線バフムート 悪名高い「ワグネル」が戦果
(CNN) ウクライナ東部の要衝バフムート。晴れた暖かい陽気に五感がだまされ、ほとんど穏やかなように感じられる。
だが、街から発射される火砲の轟音(ごうおん)で、そんな考えは吹き飛んだ。バフムートでは今月19日、ウクライナ軍がロシア軍から陣地を奪還しようと攻勢を掛けていた。
男性3人が走って街から脱出する様子が見え、そのうち1人は電子レンジを背にくくりつけていた。
ウクライナでのロシアの戦争は開始から8カ月になる。プーチン大統領の侵攻がもたらした破壊と窮乏を本当に実感するのは、バフムートに降り立った時だ。
バフムートの風景/Rich Harlow/CNN
取材班のガイドを務めるのはウクライナ軍の衛生兵、カトルシヤさん(仮名)。色つきのサングラスに軍服という格好で、我々を乗せた車列を市中心部へと猛スピードで走らせた。
窓の外を流れる光景はゴーストタウンに近い。
「ここ2カ月、ロシアは市の防衛線を破ろうと試みているが、成功していない」。カトルシヤさんはたばこを吸う合間にそう語った。
カトルシヤさんは砲撃を受けたばかりの建物に我々を案内してくれた。車がまだ完全に停車しないうちに、付近に別の砲弾が着弾した。取材班は急いで避難し、さらに約20分間にわたって砲弾が降り注いだ。
衛生兵のカトルシヤさんは1カ月前に夫を戦闘で亡くした/Rich Harlow/CNN
こうした攻撃は日常茶飯事だと、カトルシヤさんは語る。我々が飛来する砲弾から身を隠そうとする中、カトルシヤさんは壁に背中をもたれかけ、冷静そのものの様子だった。
「毎日砲撃があるので、この辺りが静かになることはない。街の他の場所は1日に何度も攻撃を受けている」(カトルシヤさん)
バフムートの路上では今でも少数の住民の姿を見かける。通りのあちこちに穴が空き、産業用のごみ箱は小さなごみの山に混じって見分けがつかなくなっている。
街に残った住民はまるで別の世界に住んでいるようだ。自転車で外出し、用事を済ませる。どの店が開いているのかは謎だが、買い物カートを引く高齢女性の姿もある。
セルゲイさんは今でも通りを歩くそんなバフムート住民の一人だ。砲撃が心配ではないかと聞かれ、「何を恐れるというのか。全てうまくいく」と語った。
そう言ってから、セルゲイさんは遠くをじっと見つめた。自分の言葉を本当には信じていないかのようだった。
赤色はロシアの推定支配地域、薄い赤色はロシアの推定進軍地域、赤い点はロシアの支配が主張される地域、青い点はウクライナの反攻が主張される地域で、いずれも米東部時間10月17日午後3時時点のもの。「推定」とは米シンクタンクの戦争研究所(ISW)が信頼できる独立して検証可能な情報を有することを示し、「主張」とは情報筋から支配や反攻が起きているとの情報がありISWが反証できないことを示す
カトルシヤさんは、激しい戦いで大勢の兵士や民間人が犠牲になったと語る。「人数は分からないが多数だ。双方にたくさんの負傷者が出ており、死者も多い」
カトルシヤさんは1カ月前、ロシアとの戦闘で夫を亡くした。抗うつ薬だけが心の痛みを紛らわしてくれるという。
最近はバフムートをめぐる攻防が一段と激化している。ウクライナのゼレンスキー大統領は、同市の戦闘が「最も困難だ」との認識を示す。
バフムートの重要性はどれほど強調しても足りない。
バフムートはドネツク州の他の戦略的要衝2地点に向かう分岐点に位置し、南西にはコンスタンティニウカ、北西にはクラマトルスクおよびスラビャンスクがある。いずれもプーチン氏が同州を完全支配するために重要な場所だ。
ウクライナ軍の戦車が市外へと通じる道でCNN取材班の乗る車列を通過する/Rich Harlow/CNN
ただ、バフムートの戦況は国内の他の場所とは異なる。ここ以外の場所ではウクライナがおおむねロシアの進軍を撃退し、9月末にロシア軍が後退する中、最近は領土を奪還してさえいる。
ここバフムートでは、ロシア軍が少しずつ着実に戦果を挙げている。その主因となっているのが、専門家からクレムリン(ロシア大統領府)公認の民間軍事会社と目されている「ワグネル」だ。
ワグネルを所有するエフゲニー・プリゴジン氏はSNSのテレグラムで、バフムート市内の抵抗が強固であることを認めた。
「バフムート近郊の戦況は変わらず難しい。ウクライナ軍はかなりの抵抗を見せており、ウクライナ人が逃げ出すという言い伝えは言い伝えに過ぎない。ウクライナ人は我々と同じく鉄の意志を持っている」(プリゴジン氏)
カトルシヤさんは、ワグネルの戦闘員と対峙(たいじ)したことがある。国際的に悪名高いワグネルだが、戦闘員たちは寄せ集めの雇い兵のようだという。
「彼らは暴徒のようなもの。非常によく訓練されたプロの戦闘員も少数いるが、多くは金目当てか、刑務所から出るためにたまたまこの戦争で戦うことになった連中だ」(カトルシヤさん)
9月には、プリゴジン氏がロシアの刑務所で受刑者をワグネルに勧誘する場面を捉えたとみられる動画が浮上した。同氏が提示した条件は、ウクライナでの6カ月の戦闘と引き換えに恩赦を約束するというものだった。
悲痛な思いをしたカトルシヤさんだが、気力は衰えていない。目標はただひとつ、勝利だ。
「ウクライナ人の代償はとてつもなく大きいものになる」。カトルシヤさんはそう認めつつも、「最高の人材、最も意欲があり高い訓練を受けた人材を失うだろうが、私たちは間違いなく勝つ。ここは私たちの土地であり、他に選択肢はない。絶対に勝つ」と力を込めた。