ロシア国防省の刷新人事、亡き「プーチン大統領の料理人」の願いかなう
ベルリン(CNN) 長く務めた国防相の解任は異例というわけではない。だが同時に側近5人が逮捕されれば、単なる心機一転でないことは明らかだ。ウラジーミル・プーチン大統領率いるロシアでは、なおさらだ。
2週間前に突然セルゲイ・ショイグ氏が国防相を解任された後、汚職撲滅の名目で、国防省上層部に次々と逮捕のメスが入った。
逮捕劇や人事異動はもちろんのこと、そのタイミングも興味深い。ほぼ3年間ウクライナの戦場で成果をあげられなかったロシアは、ちょうど形勢を盛り返してきたところだ。この数週間、北部ではハルキウ方面への大規模な攻撃を成功させ、東部でもドンバス地方で数々の成果をあげている。
ウクライナは致命的な人員不足と弾薬供給の枯渇に見舞われ、米議会で軍事支援策の承認が何カ月も滞っていたために情勢が悪化したことも、ロシアの形勢逆転に追い風となった。
だとすれば、勝機をもたらしている国防省で人事異動を行う理由は何なのか。
CNNが取材した専門家は、ロシアでも国防省はとくに汚職の温床だと語る。ロシア国営メディアでも目が飛び出るような額の軍事契約がすっぱ抜かれ、豪奢(ごうしゃ)な生活を送る国防省官僚が公然と非難されている。だが専門家の1人がCNNに語った言葉を借りれば、現在繰り広げられている交代劇は「非常に複雑で多元的な駆け引き」だ。そこにはタイミングと、西側への勝利というプーチン氏の命運をかけた戦いが絡んでいる。
死亡したワグネル創設者エフゲニー・プリゴジン氏を悼む人たち=2023年8月、ロシア・サンクトペテルブルク/Reuters
墓場から聞こえる亡きプリゴジン氏のメッセージ
今回の人事異動に漂っているのが、民間軍事組織ワグネルの創設者で、「プーチンの料理人」とも呼ばれたエフゲニー・プリゴジン氏の亡霊だ。
プリゴジン氏は生前、悪態たっぷりの抗議演説でショイグ氏とワレリー・ゲラシモフ参謀総長への憎悪をあらわにし、両氏と国防省の汚職と無能さを責め立てた。
プリゴジン氏がロシア政府を相手に起こした謀反は、ショイグ氏とゲラシモフ氏の解任で幕を閉じるはずだった。だが代わりに大統領を窮地に追いやり、大統領の権威を脅かした。これに対してプーチン氏はプリゴジン氏を売国奴と呼び、資産を凍結。ついにプリゴジン氏は側近とともに疑念の残る飛行機墜落事故で命を落とした。
以来、プーチン氏は国防省による武器調達の不手際やウクライナ侵攻の失態、汚職容疑の数々を世間の目から遠ざけ、謀反を受けた反射的な行動をみせないようにしてきた。反動で紋切型の行動をとれば、国民に対する大統領の権威と威力が疑問視されかねない。
プーチン氏は3月の大統領選挙で再選するのを待ってから、国防省のてこ入れを行うつもりだったようだ。人事異動が行われたのは5月9日の勝利記念日の直後だった。勝利記念日でプーチン氏はショイグ氏と並んで出席したが、はた目には友好的に見えた。
国防相から更迭されたものの、ショイグ氏は国家安全保障会議書記という新たな職務を与えられ、引き続きプーチン氏の指揮下に残る。
プーチン氏の関心はウクライナ
カーネギー国際平和基金ロシア・ユーラシア・センターのタチアナ・スタノバヤ上級研究員は、高官の汚職についてプリゴジン氏の意見が正しかったかどうかは重要でないとCNNに語った。ロシアでは「政治に善悪は存在しない。利害だけがものをいう」(スタノバヤ氏)
プーチン氏も身辺整理には関心を寄せているが、それ以上に切迫した関心事はウクライナでの勝利だ。戦争をいかに終結させるかは、国防省にかかっている。
プーチン氏は新しい国防相に民間出身の経済学者アンドレイ・ベロウソフ氏を起用することで、莫大な予算を与えられた国防省に、迅速かつ効率的な武器調達を望んでいることを示した形だ。
ロシアの2024年の予算を見ると、国内総生産(GDP)に対する防衛費の割合は近代ロシア史上最高の6%で、社会支出をはるかに上回る。ロシアが戦時経済へ移行しつつある前兆だ。
汚職の渦中にいるシャマリン氏とイワノフ氏
ロシア人の政治経済学者で、オーストリア首都ウィーンに拠点を置く欧州外交評議会で客員研究員を務めるミカイル・コミン氏は、「ロシア高官の中でもとくにショイグ一派では利権獲得に熱心だ。プーチン氏の側近以上だ」とCNNに語った。
ロシア軍参謀本部通信総局長のワジム・シャマリン中将は5月31日、「多額の収賄容疑」で起訴された。同氏は軍用通信機器を供給する工場から3600万ルーブル(約6250万円)を受け取り、工場は見返りとして政府と利益の多い受注契約を結んだ。
ワジム・シャマリン中将=2023年10月/Russian Defence Ministry/Reuters
ロシア国営メディアによると、シャマリン中将は無罪を主張している。
政府による国防省粛正の情報発信にはロシア国営メディアも一役買った。5月にシャマリン中将が逮捕された後、ロシア国営RIAノーボスチ通信は同氏の妻が18年にメルセデス・ベンツGLEを2000万ルーブルで購入していたと報じた。当時の同氏の収入はせいぜい3万4000ドル(現在のレートで約535万円)だった。別の報道によれば、当時妻の年収は87万2000ルーブルだった。
逮捕された5人の当局者のうち、最も有名なのがティムール・イワノフ国防次官だ。やはり収賄容疑で4月下旬に自宅軟禁に置かれた。
イワノフ氏については、今年2月にロシアの刑務所で死亡した反体制派のアレクセイ・ナワリヌイ氏が設立した反汚職団体も目を付けていた。ナワリヌイ氏と同団体はイワノフ氏の妻が豪勢な生活を送っていたことを暴露した。紹介制の宝石商に通い、オートクチュールの服を身に着け、フランスのクールシュベルにあるしゃれたスキーリゾートに山小屋を所有していた。公表されていた夫の給与が年収17万5000ドルなのに、どうして妻はこうした生活を送れたのかと疑問視された。
ロシア国営メディアは情報筋の話として、イワノフ氏が無罪を主張していると伝えた。
セルゲイ・ショイグ氏=4月26日/Turar Kazangapov/Reuters
腐敗の連鎖は断たれたが汚職は消えず
スタノバヤ氏によれば、イワノフ氏とシャマリン氏らを更迭した理由はいたって単純だ。「プーチン氏の頭には、前任者との重大な利害関係があるポスト(国防相)に就かせるわけにはいかないという考えがある」
国防省の組織改革の一環で、プーチン氏は国防次官の後任にロシア会計院の元監査、オレク・サベリエフ氏を任命した。サベリエフ氏なら「国防分野で既に存在する汚職に目が行き届くだろう」とコミン氏は語る。
プリゴジン氏の遺志
プーチン氏の人事刷新を受け、プリゴジン氏の非難を浴びたもう一人、ゲラシモフ参謀総長の進退について、うわさが飛び交っている。
スタノバヤ氏によれば、「もっぱらのうわさでは(ゲラシモフ氏は)まもなく解任されるかもしれない」という。だが今のところ解任を免れていることから、「権益のために闘い始める時間」が残されているとも付け加えた。「ゲラシモフ氏は今後の行く末を確保すべく、ライバルと戦っている最中だ」とスタノバヤ氏は語る。
コミン氏もゲラシモフ氏が当面は参謀総長の地位を維持する可能性があるとの見方に同意する。プーチン氏はこれ以上の人事異動は行わないとしている。
とりわけ重要な点として、空きポストがないことがゲラシモフ氏にとって運のつきになるのではないかとコミン氏は言う。ショイグ氏の場合、表向きは左遷という形のため、評判に傷がつかずに済んだ。「後任探しは難しくない。前任者に別のポストを見つけるほうがずっと大変だ」(コミン氏)
プーチン氏率いるロシアでは、大統領の最大関心事がウクライナでの勝利であることに変わりはない。だが直近の交代劇により、脇を固める役者の顔ぶれが今後も変わりうること、プーチン氏が勝利のために手加減しないことが明らかになった。