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終わりの見えない米中貿易戦争、中国が譲らぬ理由とは

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上海郊外の海上の船の上ではためく中国国旗/Go Nakamura/Reuters/File

上海郊外の海上の船の上ではためく中国国旗/Go Nakamura/Reuters/File

香港(CNN) 歴史的かつ時代を定義づけるとみられていたトランプ米大統領による各国への貿易戦争は、今や標的を一つに絞りつつある。中国だ。

トランプ氏は9日、数時間前に発動されたすべての「相互関税」を3カ月間停止すると発表した。しかし、そこには一つだけ例外があり、世界1位と2位の経済大国の貿易関係を断絶する対立が一層深まった。

関税の引き上げは目を見張るほどの速さで進んでいる。トランプ政権はわずか1週間で中国製品への関税を54%から104%、そして125%へと引き上げた。これは、第2次トランプ政権の前に課された既存の関税に上乗せしたものだ。

中国も報復関税を強化し、米国からのすべての輸入品に対する関税を84%に引き上げた。

この対立は、歴史的な不和を生み出し、深く結びついた二つの経済に痛みをもたらすだけでなく、両国間の地政学的な対立にも大きな摩擦を加えることになる。

エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)のアジア担当主席エコノミスト、ニック・マロ氏は、「これは『ハードデカップリング』に向けたこれまでで最も強い兆候といえるだろう」と指摘。両国の貿易や相互投資がほぼ皆無となる状況に言及した。

「これは中国経済だけでなく、世界全体の貿易の環境、そして米国にも多大な衝撃を与えることになる。これがもたらす衝撃はいくら強調してもし過ぎることはない」(マロ氏)

トランプ氏は、他国に猶予を与える一方で中国には同様の措置を講じなかった判断について、中国側の迅速な報復を引き合いに出し、「中国は合意を望んでいるが、そのやり方がわかっていないだけだ」と記者団に語った。

一方で、中国から見える景色はまったく異なる。

中国の最高権力者、習近平(シーチンピン)国家主席は、自国が米国の「一方的ないじめ」に屈するという選択肢は存在しないと考えている。そしてその姿勢は国民向けの演出でもある。中国政府は今回の報復をめぐって愛国主義をあおっており、これはトランプ氏が政権の座にあった4年以上前からひそかに準備してきた戦略の一環だ。

中国はかねて対話を望んでいると表明してきたものの、トランプ氏の急速なエスカレーションは、米国がその意思を持っていないことの証しだと受け止めたようだ。習氏の計算では、中国は対抗措置を講じるのみならず、むしろトランプ氏の通商政策を利用して自国の立場を強化しようとしていると専門家はみている。

独シンクタンク「メルカトル中国研究所(MERICS)」でリード経済アナリストを務めるジェイコブ・ガンター氏は「習氏は、中国が米国とその同盟国との間で長期的な闘争に入ることをかねて予想しており、それに備える必要があること、そして、広範囲に準備を進めていることを言明してきた」と語った。「習氏は挑戦状が突き付けられたことを受け入れた。そして、中国は戦う準備ができている」

江蘇省にある輸出用のバスケットボールの工場/AFP/Getty Images
江蘇省にある輸出用のバスケットボールの工場/AFP/Getty Images

「消耗戦」

もし中国がこれほど迅速に報復措置に出なかったら、トランプ氏が他国と同様に中国への報復関税も停止していたのかどうかは依然として不明だ。カナダは報復措置を取ったものの猶予対象には含まれている。ただ今回の措置でも先週課された10%の関税は撤廃されない。

いずれにせよ、ホワイトハウスが「鋼鉄の意志」を持つと評したトランプ氏と習氏は今や「消耗戦」に陥った形で、年間約5000億ドル(約75兆円)にのぼる不均衡ながらも高度に統合された貿易関係に混乱が生じかねない。

長年、中国は「世界の工場」として活躍してきた。ますます自動化が進む高度な生産網が、日用品から靴、電子機器、建材、家電、太陽光パネルに至るまで、あらゆる製品を生産している。

これらの工場によって、米国をはじめとする世界の消費者は安価な製品を享受できたが、米国の貿易赤字を悪化させ、トランプ氏を含む一部の米国人にとってはグローバル化によって製造業と雇用が奪われたとの感覚が強まった。

現在、トランプ氏が課す関税は総じて125%を超え、中国の対米輸出は今後数年で半分未満になる可能性もある。

中国製品の多くはすぐに代替できないため、米国では消費者物価が数年間上昇する恐れがある。新たな工場の立ち上げにも時間がかかる。米金融大手JPモルガン・チェースの試算によれば、代替策が見つかるまで米国民にとっては8600億ドル相当の「事実上の増税」となる。

中国側では、すでに薄利で運営されている供給業者が利益を完全に失い、新たな工場の国外移転が始まるとみられる。

米カリフォルニア大学サンディエゴ校の「21世紀中国センター」のビクター・シー所長は、この規模の関税は、中国で数百万人の失業を招き、破産の波が押し寄せるだろうと警告する。一方で、米国の対中輸出は「ほぼゼロになる可能性もある」という。

積み上げられたコンテナ/Florence Lo/Reuters
積み上げられたコンテナ/Florence Lo/Reuters

しかし、シー氏は「中国の方が米国の政治家よりも長く耐えられる」と語る。それは、中国共産党指導部が世論調査や選挙という即時の反応を受ける立場にはないためだ。

中国政府も、この嵐を乗り切ることができると信じている。

中国共産党の機関紙「人民日報」は7日、1面の論説で、「米国の関税に対する準備は万全で、戦略もある。米国との貿易戦争は8年間続き、その闘争のなかで豊富な経験を積んできた」と指摘した。

論説によれば、中国政府は、長期にわたって低迷している国内消費を喚起するために「並外れた措置」を取り、経済を支えるための措置を導入する可能性がある。「対応策は十分に準備されており、豊富だ」

さらなるエスカレーションが不透明な中でも、中国側は落ち着いた対応を装っている。

中国人民大学のエコノミストは国営メディアへの寄稿で「最終的な結果は、誰がより長く『経済的な消耗戦』に耐えられるかにかかっている。中国は戦略的な持久力の面で、はるかに優位にある」と記した。

大統領執務室で大統領令に署名するトランプ米大統領/Nathan Howard/Reuters
大統領執務室で大統領令に署名するトランプ米大統領/Nathan Howard/Reuters

「この日に備えてきた」

中国政府はここ数週間、欧州や東南アジア諸国との貿易協力の拡大を模索して協議を進めており、断続的な貿易戦争に腹を立てている米国の同盟国やパートナーからの支持を得ることで、米国に打ち勝とうとしている。

トランプ氏との最初の貿易戦争と、中国のIT大手、華為技術(ファーウェイ)に対する「攻撃」以来、中国は米国との貿易摩擦に備えてきた。こうした対立は、備えがなければ経済成長が妨げられる恐れがあるという中国政府に対する警鐘となった。

21世紀中国センターのシー氏は「中国政府はこの日のために6年間準備してきた。こういう事態が起こり得るとわかっていた」と指摘。中国政府は各国のサプライチェーン(供給網)の多様化を支援し、そのほかの取り組みのなかでも準備として国内の経済課題の一部に対処しようとしてきた。

専門家によれば、中国は現在、より広範な貿易戦争を乗り切るための態勢がはるかに整っている。2018年と比べると、中国はより広範な貿易関係を築き、米国への輸出は全体の約5分の1から15%未満に減少した。

中国の製造業者は、米国による関税が下がる可能性を活用しようと、ベトナムやカンボジアといった第三国に事業を拡大している。

加えて、レアアース(希土類)などの重要な鉱物の供給網も構築し、人工知能(AI)やヒューマノイドロボットによる製造技術を高度化。先端技術、特に半導体分野も強化している。昨年以降は、消費の低迷や地方政府の債務といった課題にも取り組んでおり、成果はさまざまだ。

米シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」の上級顧問スコット・ケネディ氏は「(中国の)弱点は無視できないが、全面戦争という状況では十分に対処可能だ。米国だけで中国経済を破滅の淵に追いやることはできないだろう」と述べた。

「米政府は認めたがらないかもしれないが、『経済的に中国を封じ込めることはできない』という中国側の主張には一理ある」(ケネディ氏)

本稿はCNNのシモン・マッカーシー記者による分析記事です。

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