「友人が殴りかかってきたようなもの」 米国旅行をキャンセルする欧州の人々
(CNN) フランス人のダビド・ペレイラさん(53)は、米国のテレビシリーズの吹き替え版を見て育った。当時フランスでは「特攻野郎Aチーム」や「ハッピーデイズ」、「爆発!デューク」といった番組が放送されていた。
米国文化に夢中だったペレイラさん。過去にはビンテージ物のフォード・マスタングを集め、現在は70年代のGMC製ピックアップトラックを所有する。これまでの訪米回数は10回を超える。
2年前には、米西海岸にある全ての国立公園巡りを達成した。今夏は人生の夢だった家族とのイエローストーン国立公園訪問を楽しみにしていた。
しかし、トランプ米大統領による過去数カ月の攻撃的な物言いを受け、企業オーナーのペレイラさんは良心の問題から計画を実行には移せないと判断。米国行きをキャンセルするに至った。
「多くのフランス人と同様、私たちは米国文化にどっぷり漬かっている。だから米国のことは大好きだが、今は全く信じられないことが起きている」。パリ北郊に暮らすペレイラさんは、CNN Travelの取材にそう答えた。
「いつもニュースを見ては、『まさかこんなことになるとは』と思っていた。状況は悪化の一途で、フェイクニュースがひたすら上書きされていた」
同様の不信感や怒り、不安と恐怖心は米国と国境を接するカナダとメキシコで渦巻いているが、今やそれが大西洋を越えて広がった形だ。トランプ政権が欧州に敵対的な言動を繰り出し、関税戦争を仕掛ける中で、欧州の旅行客は米国行きの計画をキャンセルもしくは再考している。
渡航に対する安全面の懸念もある。米国では航空機の事故が相次ぐ中、連邦航空局(FAA)を対象にした人員削減が行われている。また旅行者が適正な手続きもなく勾留施設に放り込まれるといった話が取り沙汰される他、反トランプ的な考え方を理由に入国を拒まれるのではないかといった言説も渡航不安に拍車をかけている。
そうした状況への対応として、アイルランドやオランダ、デンマーク、英国、ドイツ、フィンランド、カナダといった国々では渡航情報を更新し、自国民に対し、適正なビザや許可が下りていても米国への入国を拒まれる場合があると警告している。またトランスジェンダーの旅行者については、出生時の生物学的な性別をパスポートに明示する必要がある他、それ以外でも入国困難となる事態が発生し得ると通告した。
萎縮効果
米国のルビオ国務長官は4日、米国へ行くと拘束されるのではないかという外国人旅行者の懸念を最小化するべくこう発言した。国境で警告を受ける人々にはそれなりの「理由がある」のだと。
「米国に来る目的が(イスラム組織)ハマスを支持する抗議デモへの参加、またはハマスの正しさの吹聴、大学構内での争いの扇動、街路での暴動、大学での破壊行為といったことでないのなら、何も心配する必要はない」。ルビオ氏はベルギー首都ブリュッセルで記者団にそう語った。
しかし外国人旅行者の間では、萎縮効果が数字として表れつつある。
米国立旅行観光局(NTTO)の最新のデータからは、3月に国外からやって来た旅行者が昨年より12%減少したことが分かった。この数字にカナダとメキシコからの旅行者は含まれていない。
旅行に関する予測を手掛けるツーリズム・エコノミクスは2月、今年米国を訪れる旅行者数が5%低下するとしたものの、その後数値を修正。CNN Travelの取材に対し、現在はほぼ倍となる9.4%の低下を見込んでいると明らかにした。
ホテルチェーン大手アコーのセバスチャン・バザン最高経営責任者(CEO)は、最近のブルームバーグTVとのインタビューで、欧州からの旅行者による夏季の米国内のホテル予約件数が25%も減少したと述べた。同社はフェアモントやイビス、ノボテル、メルキュール、ラッフルズなどのホテルブランドを傘下に持つ。
仏高級ツアーオペレーター大手、ボワイヤジュール・デュ・モンドのジャンフランソワ・リアルCEOによれば、1月下旬のトランプ氏の就任以降、富裕なフランス人の顧客に提供される米国旅行の予約件数は、「途方もなく大きな」20%の落ち込みを記録した。
「30年この業界にいるが、行き先に関係なくこんな事態は目にしたことがない。極めて大きな落ち込みだ」と、同氏はCNN Travelに明かした。
その上で米政府について、トランプ氏の政策が国外旅行に及ぼす影響を過小評価していると批判。フランス国内の同業者も同様の傾向を報告していると指摘した。
3月に公表されたNTTOの25~29年予測によると、今年米国を訪れる旅行者は前年から7%近く増加して7710万人となる。サッカーのワールドカップ(W杯)が開催(カナダ、メキシコと共催)される26年にも約10%の増加が見込まれる。その後伸びは鈍化して27年は6%増となるが、リアル氏はこの予測を過度に楽観的だと分析する。
「米国側は、欧州から米国への旅行販売に影響は一切ないとしているが、それは間違いだ。もうお分かりだろう。彼らの見立てには何の意味もない」(リアル氏)
CNNはNTTOに予測についてのコメントを求めたが、返答はなかった。NTTOの予測は、24年末にかけての旅行及び経済の動向に基づく。
「かつて目にしたことのない反転」
仏旅行コンサルティング会社、プロツーリズムを率いるディディエ・アリノ氏も、反トランプ感情を原因として米国旅行への関心が「前例のない」水準で落ち込んでいると指摘する。本来であれば米国は、フランス人旅行者にとって長距離旅行の行き先の筆頭だ。
「こんな事態は聞いたことがない。これまで、戦争中の国であればそういうこともあった。安全上のリスクや健康危機の恐れのある国ならあり得た。しかし普通の状況で、このような種類の反転を目にしたことはない」(アリノ氏)
英国の長距離航空会社、バージン・アトランティックは最近、大西洋を横断する米国への運航便の需要が鈍化していると警告した。
「多くの面で間違い」
スウェーデン人のヨハン・ビョルンションさん(43)にとって、米マイアミから出港する26年のクルーズ船の旅をキャンセルすることは重要な意思表示だ。たとえそれにより、500ドル(約7万2000円)の手付金を失うことになっても。これまで特に政治に関心が高かったわけではないとビョルンションさんは話す。それでもトランプ氏とバンス米副大統領がホワイトハウスの大統領執務室でウクライナのゼレンスキー大統領を厳しく非難する映像を目にした瞬間、立場を明確にしなくてはならないことを理解したという。
「(ゼレンスキー氏への非難は)政治と何の関係もなく、単なる攻撃だった。敬意を欠いており、非常に多くの面で間違っていた。個人攻撃になっていた」(ビョルンションさん)
ウクライナでの戦争を身近に感じながら暮らす欧州の人々は、ロシアの侵攻を隠れた脅威と捉える。トランプ氏によるロシアのプーチン大統領への同調やウクライナ向け支援の停止、米政権全般に見られる反欧州的な言説は地域全体で深刻な背信行為と受け止められている。ヘグセス米国防長官は、流出した政権関係者とのグループチャットで、防衛に「ただ乗り」している欧州を「情けない」と評していた。
またデンマーク自治領のグリーンランドを訪れたバンス氏は、デンマークがグリーンランドの人々に対して「良い仕事をしていない」と非難した。このスピーチは大半が敵対的かつ侮辱的な内容だったと受け止められている。
デンマーク首都コペンハーゲン在住のコンサルタント、ヤコブ・ボルさん(52)は「我々は米国を最高の友人と考えていた」「現状はもう友人でなくなっただけではない。その友人が殴りかかってきたようなものだ」と話す。
状況の変化を受けて、ボルさんはオハイオ州シンシナティへの旅行計画をキャンセルした。当初は同地で友人を訪ね、テネシー州ナッシュビルへ向かう予定だった。また来年のW杯も現地観戦するつもりだったが、今はデンマーク代表が欧州予選を通過し、カナダ国内で試合をする場合のみ渡航することにしている。
考え抜いた末、同じくデンマーク人のロバート・クリスティアンセンさんも今夏のテキサス行きをキャンセルした。同州ダラスに在学中の10代の娘は驚いたが、渡航の安全への不安と、自身のソーシャルメディアの活動に懸念があるという。クリスティアンセンさんはちょっとした抵抗の行為として複数の最新ニュース記事をSNSで共有していた。これらを考慮すると、渡米に不安を覚えるようになったという。
「米国政府は信用できない」。クリスティアンセンさんはそう打ち明けた。