アフガニスタンをめぐる話は長い間、テレビ視聴率が取れず、読者数の伸びにもつながらないとされてきた。おそらくこのことが頭にあったのだろう。バイデン氏は16日午後、開き直り気味の短い演説をニュース向けに行うと、週末に休暇で訪れていたキャンプデービッドへと舞い戻った。
米国が口で約束することと実際にできることとは途方もなくかけ離れている。その点がこれほど並外れた形であらわになってもなお、同種の世論調査では米国民の約3分の1しか撤退に反対していないとの結果が出た。およそ半分は、それを良策だとまだ考えている。
戦略的には、良策であることを疑う余地はほとんどない。米国が同じようなその場しのぎの措置をアフガニスタンでいつまでも継続するなど無理な話だ。しかし、命を危険にさらして米国に協力した人々へのビザの手配を遅まきながら進め、タリバンとの間で外交努力を追求し、カブール陥落まで空爆を続けたという事実はすべて、撤退する前にここまではやっておかなくてはならないという段階について、米国が認識していたことを示す。実際にはその段階に到達することはなかった。もしくは、あえてそうしなかった。
1兆ドルを超える資金を投じ、20年の歳月をかけながら、なぜこの結果を変えることができなかったのか?
先週、カブール空港からの国外脱出の様子を目撃した際、筆者は米国人にとってのアフガニスタンと、鉄条網の外にある本物のアフガニスタンとのずれに改めて気づかされた。
基地の中で働いている米国人には、空港の外の状況がアフガン人にとっていかにひどいものなのかが分からない。彼らがそこにいるのは、そうしたアフガン人を空港の中に入れて安全を確保するためだ。アフガン人の多くは足止めを食い、タリバンのいる検問所を通過できずにいる。退避可能な人々の手続きを進める米海兵隊員はこの状況に気づいているが、それは彼らの落ち度ではない。いかに米国が本物のアフガニスタンと距離を置いて長年過ごしてきたのか。現状はそれを象徴している。
10年ほど前、バグラムの巨大な米空軍基地に車で行くのはまだ普通のことで、危険はなかった。アフガン駐留米軍の大部分は、同基地の広大な滑走路の周辺に拠点を構えていた。
基地に入るには、到着したゲートを確認し合う必要があった。しかし基地の外から来る人々、つまり身分証を持たないアフガン人の運転手や修理工はそれまで基地を訪れたことがなく、どのゲートをどう呼んで米国人に伝えればいいのか分からなかった。片や基地の米国人は、安全上の理由から基地の外に出たことがない。彼らは基地の外にいる我々から「市場の近くにいる。ゲートが見える。この場所でいいのか?」と連絡を受けても、どこのことを言っているのか分からなかった。
同じ問題が現在に至るまで続いている。パニックに陥ったアフガン人がカブール空港への進入を試みる光景にそれが表れている。
米軍がアフガニスタンに駐留して20年経つが、現在空港に配備され、不眠不休で警護に当たる相当数の兵士は、これまで1度もアフガニスタンに来たことがない。当然カブール空港から外へ出たこともない。
世界中の米国人や米国系アフガン人、元北大西洋条約機構(NATO)軍兵士らが、基地の外の人々に説明を試みている。基地の中でしかるべき人に会い、助けを得る方法を伝えようとしている。しかしそれを実行するのは難しい。タリバンが近くをうろついている。航空機を飛ばし続けて、米軍による退避活動を円滑に進めるには、空港の安全を維持することが極めて重要となっている。
いざアフガニスタンを去る段になってすら、米国は鉄条網の外で何が起きているのかをよく分かっていない。ただそうして守られている恩恵に、最大限あずかるのみだ。
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ニック・ぺートン・ウォルシュ氏は、CNNの国際安全保障担当編集委員。過去15年間、アフガニスタンに関する幅広い報道を手掛けてきた。記事の内容はウォルシュ氏個人の見解です。